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741/1000 たった一人に伝わる話 

741/1000 たった一人に伝わる話 

今日の午前、電話が鳴った。

「明日の講話、担当者が病欠でして…代わりにお願いできませんか?」

またしてもピンチヒッターである。

これまでこの会には5〜6回は呼んでいただいている。

呼ばれるのはありがたいが、正直そろそろネタが尽きたのでは…という気持ちもある。

そこへ明日の講話依頼。そしていきなり聞かれるのだ。

「テーマは? プロジェクターは? レジュメは?」

そんなもの、すぐ答えられるわけがない。

即答できる人がいたら、それはもう職業としての“講師”だ。

一瞬、断る理由は揃っていた。

急だし、準備時間もない。

何より、ネタがあるかどうか自信もない。

それでもなぜか“受けたくなる”のが不思議だ。

本当のところ、私は勝負強いタイプではない。

野球に例えるなら、9回裏二死満塁で代打に立つような華やかな人間ではない。

むしろ「いやいや、もっと上手い人がいるでしょう」と言いたい。

それでも声をかけられると、なんだかんだでバッターボックスに向かってしまう。

結局、そういう性分なのだと思う。

急な依頼というのは、ある意味で“逃げ道”がある。

準備が整わないぶん、完璧を目指さなくていい。

むしろ「今の自分でいくしかない」と腹が決まる。

そして不思議なもので、こういう時ほど大胆になれる。

ふだんなら慎重に避けるような話題にも踏み込めるし、

言葉の選び方もどこか自由だ。

もし不発でも、

「あれは急だったから」で済んでしまう。

その“許される空気”が、心を軽くしてくれる。

だから挑める。だから動ける。

昔、師匠に言われた言葉を思い出す。

「3分話すなら準備に一か月。30分なら3日だ。」

短いほど研ぎ澄ました“核”が必要で、準備に時間がかかる。

長い講話は、自分の人生そのものが語ってくれるから、準備はいらない。

この理屈でいけば、明日の45分は……

だいたい“1日”でいいらしい。

妙に納得してしまうのは、いままさにその“1日”の中にいるからだろう。

そして今回は、プロジェクターもホワイトボードもレジュメも何も持たず、

体ひとつで行く。

余計な武器を持たない分、まっすぐ伝えるしかない。

その潔さが逆に気持ちいい。

明日は、大勢に向けて話すつもりはない。

誰かひとり──

その人の心にだけ、そっと届けばそれで充分だ。

たった一人に伝わる話。

そのために、体ひとつで行く。