急に空気が冷たくなり、日中も羽織ものが欲しくなる季節になりました。
ついこの前まで Tシャツ一枚や薄手のニットで過ごしていたのに、季節の歩みは早いものです。
この時期、庄内では「カメムシの量で雪の多さを占う」という、ちょっとした年中行事があります。
ところが今年は、その話題があまり聞こえてきません。
どうやら発生数が極端に少なく、いたとしても小さな個体で、すぐ弱ってしまうのだとか。
ということは、今シーズンの雪は少ないのか。それとも単なる迷信なのか——今年ははっきりしそうです。
そしてもうひとつ、秋の訪れを実感するのが、久しぶりに革ジャンに袖を通すとき。
今朝、ファスナーを引き上げようとしたら、胸のあたりでピタリと止まりました。
どうやら、パーソナルジムで鍛えた胸筋が知らぬ間に成長していたようです。
トレーナーに聞くと、この「革ジャンと筋肉問題」は、トレーニー界隈ではしばしば引き起こされる話題なのだとか。
革ジャンを取るか、筋肉を取るか——悩ましい秋です。今日のブログは、中々初段に上がれない習字の話。
頭で考えて書こうとすると、どうしても型にはめようとしてしまう。
筆に力が入り、線がこわばる。
けれど、本当に「書く」ということは、
水が流れるように、蔦が伸びるように、鳥が飛び立つように
ただ自然に筆先に身をゆだねる世界にあるのだろう。
でも、そこにたどり着くには「数」を書くしかない。
気づいては、また分からなくなり、そしてまた気づく。
そんな螺旋階段をぐるぐると登っていくような道のりだ。
「どうやったら自然に書けるのか」と考えている時点で、
もう頭で書いてしまっている。
子どもが上達するのは、考えないからだと聞いた。
一方、大人の習い事が難しいのは、
経験やプライドといった“邪魔者”が、自分の中に住みついているからだ。
自然に書くということは、
技術を覚えることだけではなく、
その“邪魔者”すなわち我と向き合い、解放されて行くことなのだ。本日のブログは、このブログの連続更新が700日を迎えたという、ちょっとした節目のお話です。
このチャレンジを始めたのは2023年11月18日。
もともとは気まぐれに始めた日々のブログでしたが、整理収納アドバイザー仲間の三谷直子さんの「1,000日チャレンジ」に背中を押され、「よし、俺もやってみようか」と本格的に取り組むことになりました。
たまに「/1000って何ですか?」と聞かれるのですが、これは1,000回連続更新を目指しているうちの○○回目という意味です。
今日なら「700/1000」。なんだかゲームのレベルアップのようで、ちょっと気分が上がります。
ちなみに、このブログはお片づけのプロ集団アンカーズのHPに掲載しているものですが、実はもう一つ、母体である「環境管理センター」のHPにもブログがあります。
この二つを交互に更新してきた結果、二つ合わせて今日で700回を迎えました。
もしアンカーズのブログしかご存じなかった方は、ぜひこちらも覗いてみてください。
環境管理センターのブログはこちらhttps://www.kankyokanri.co.jp/contents_33.html
そして「1,000」という数字には、昔から特別な響きがあります。
たとえば、比叡山の千日回峰行のように、「千」を目指すチャレンジには一種の境地があるといわれています。
満願成就を果たした行者のインタビューを読むと、700回を超えたあたりから見える世界が変わるのだとか。
たかがブログ。されどブログ。
自分にもこれから、どんな景色が見えてくるのか。
少しワクワクしながら、また明日もキーボードに向かいます。今日のブログは、不法投棄防止を呼びかける「秋のパトロール」が本日で終了したという話です。
このパトロールは、毎年春と秋に山形県、庄内地区の市町村、山形県警察、そして廃棄物処理業者が一緒になって行っているもの。人里離れた山林などに不法投棄がないか見回り、啓発を行っています。
今年のパトロールは、ちょっと様子が違いました。
それは「熊よけの鈴」を携帯しての巡回。ナラの実の不作が影響しているのか、今年の熊の目撃件数は昨年までとは比にならないほど。しかも不法投棄されやすい場所というのは、人の気配が少ない山林——まさに熊のテリトリーです。
最近では市街地でも出没しているとのことで、撃退スプレーが完売しているというニュースも耳にしました。みんな買うだけ買って、そのまま防災バッグの奥に眠らせるんでしょうね。けれど、いざ処分しようとすると「これ、どうやって捨てるんだっけ?」となる。スプレー缶は使い切って捨てるのがルール。でも撃退スプレーを“使い切る”なんて、現実的にちょっと怖い話です。
そして、今年もやっぱり不法投棄はあるのでした。
テレビのニュースでは流れないけれど、現場に行くと毎年同じような場所で見つかる。そこに置かれているのは、誰かの“いらなくなったもの”ではなく、誰かが“置いていった責任”です。
パトロールを終え、山の静けさの中で熊鈴の音を聞きながら、ふとそんなことを思いました。
「守る」というのは、不法投棄のないきれいな山も、そして人と熊との距離感も、両方なのかもしれません。数日前、白鳥が飛来しました。
夜にはストーブをつけたくなるくらい涼しく、秋の深まりを感じる今日この頃です。
本日は三連休の最終日。天気にも恵まれ、空が高い。
私はというと、田んぼで談笑中の白鳥たちを横目に、消臭作業へ行ってきました。
会社としてはお休みなのですが、この三連休を利用して帰省され、実家のお片付けやそれに伴う消臭作業のご依頼が何件かありました。当社で消臭作業ができるのは私だけということで出動です。
今日の現場はペット消臭。ご夫婦は私より少し若めくらいの方だったのですが、五十路間近の私のことを何度も「お兄さん」と呼んでくださったんです。
いや〜、最近そんなふうに呼ばれることなんてまずないので、ちょっと嬉しくなってしまいました(気をつかってくれたのだとは思いますが…笑)。
そして東京では、推し活で横浜に出かけた息子と友人が、下北沢の古着屋を物色中。
それを聞きつけた息子の姉(次女)が、小林家のグループLINEに「今から下北の駅に来い」とメッセージ。
それに対して息子の返信はひとこと——「ムリ」。
どんだけ塩対応なんだと父は思うのです。照れているのか、素っ気ないのか……。
いや、ちょっとは姉の顔を立てるとかあるでしょ。
うちのお兄ちゃんにも、もう少し愛想を学んでもらいたいところです。