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毎日ブログ

2026/10/14

遺品整理の業界では、以前から「デジタル遺品」の整理が課題として挙げられてきました。

 

スマートフォンのパスワードが分からない。

何を契約しているのか分からず、毎月の料金の引き落としが続いている。

SNSのアカウントは、残すのか、削除するのか。

 

家具や衣類のように目に見えるものとは違い、存在そのものに家族が気づけないこともあります。国民生活センターにも、こうした相談が寄せられています。

 

さらに、遺言書にもデジタル化の動きがあります。今年6月には、パソコンなどで作成する「保管証書遺言」を新設する改正法が成立・公布されました。利用開始には施行を待つ必要があり、スマホに文章を保存すれば、そのまま有効な遺言になるということではありません。

 

自分に何かあったとき、家族が困らないようにしておく。

これは大切な準備です。

 

そんなことを考えていて、心に浮かんだのが、坂本龍一さんの「KAGAMI」という作品でした。

 

特殊なヘッドセットを着けると、目の前の空間に、ピアノを弾く坂本さんの姿が現れる。まるで同じ場所で演奏を聴いているように感じられる、MR〈複合現実〉のコンサートです。坂本さん自身が、生前の最後の4年間に、制作集団Tin Drumと共同でつくり上げた作品だそうです。

 

坂本さんは1952年生まれ。2023年に71歳で亡くなられました。私にとっては親の世代です。

 

日本の音楽やカルチャーをつくってきた人が、人生の最後に、新しい形で演奏を未来へ手渡した。

 

私はそこに、坂本さんからの最後の提案のようなものを感じました。

 

自分がいなくなった後に、何を残すのか。

そして、それを誰に手渡したいのか。

 

そう考えると、これは遺品の整理だけで済む話ではなくなります。

 

手渡すには、受け取ってくれる相手が必要です。

その相手に、自分も喜んで手渡せるものであってほしい。

できれば、相手にも喜んで受け取ってもらいたい。

 

となれば、その中身も問われます。

 

もちろん、誰もが坂本さんのような作品を残せるわけではありません。

 

家族の写真や、何気ない会話の動画。

誰かに教えてきた仕事。

一緒に過ごした時間や、日々かけてきた言葉。

 

そういうものにも、手渡せるものはあると思います。

 

私も毎日ブログを書いていますが、これが積み重なった先に、何が残るのだろうと考えます。いつか家族が読んで、「こんなことを考えていたんだな」と、少し笑ってくれたらうれしいですね。

 

ただ、残したいと思うだけでは、受け取ってもらえるとは限りません。

 

誰かとの関係を育んできたのか。

何かを惜しまず伝えてきたのか。

自分が大切にしていることを、日々の行動にできていたのか。

 

「何を残すか」を考えていたはずが、いつの間にか「どう生きるか」という問いになっていました。

 

喜んで手渡せる相手がいる。

その人に手渡したいと思えるものがある。

 

そんな人生を歩めているだろうか。

 

スマホの中を整理することも大切ですが、その問いも、これからの日々の中で大切にしていきたいと思います。

2026/10/12

ここしばらく、バイクのことで頭がいっぱいだった。

あれがいい、これもいいと、車種を比較し、価格を調べ、維持費や将来の価値まで考えた。

そして昨日、ようやく結論が出た。

バイクは卒業!

あれだけ悩んでおいて、結局買わないのかい!(笑)

正確には、バイクを所有することをやめた。

そもそもバイクに乗りたいと思ったのは、この庄内をもっと楽しみたいという気持ちからだった。

海岸線を走り、山々の景色を眺め、季節の移ろいを肌で感じる。

バイクは、そんな楽しみを広げてくれる素晴らしい道具だと思う。

ところが、あれこれ選んでいるうちに、いつしか目的が変わっていたように感じる。

バイクを選んでいるつもりが、バイクに乗る理想の自分を選んでいた。

このバイクに乗る自分は格好いい。

こんなバイクが似合う男でありたい。

そんな思いが、知らず知らずのうちに大きくなっていた。

さらに、来年50歳を迎えるという年齢も関係していたのだろう。

体力的に、大型バイクを楽しめるのは今しかないのではないか、

そんな焦りにも似た恐れもあった。

欲望は決して悪いものではない。

欲しい、やってみたい、こうなりたい。

そうした気持ちがあるから、人は行動するし、新しいことにも挑戦できる。

ただ、その欲望が「こうでなければならない」に変わったとき、我儘が顔を出すのかもしれない。

以前、人生にとうせんぼするのは、自分自身の我儘ではないかと考えたことがある。

今回も、どこか似ている。

バイクは自由の象徴だ。

しかし、所有するとなれば、購入費用や維持費、手入れに費やす時間、乗らなければもったいないという気持ちも生まれるだろう。

金銭的にも、時間的にも、精神的にも、縛られたくはない。

人生を楽しむための道具に、人生を縛られてしまっては本末転倒だ。

だったら、乗りたいときにレンタルすればいい。

バイクを楽しむことまで諦める必要はないのだから。

考えてみれば、これは仕事にも通じる話だ。

新しい設備を導入することも、新しい事業を始めることも、本来は何かの目的を実現するための手段であるはずだ。

ところが、いつの間にか導入することや、始めること自体が目的になってしまうこともある。

さらには、そこに自分の理想や見栄、思い込みが入り込むことだってあるだろう。

何のために、それをするのか。

本当に必要なのか。

もっと自由で、もっと良い方法はないのか。

そんな問いを忘れないようにしたい。

何かを手に入れることが、必ずしも豊かさにつながるとは限らない。

手放すことで生まれる余裕もある。

今回、バイクを所有しないと決めたことで、お金も時間も、そして気持ちにも余裕が生まれたように感じる。

その余裕を、また別の楽しみや経験に使えばいい。

目的を見失わなければ、手段はいくらでも選べる。

自由な自分になりたくて、自由の象徴であるバイクを欲しがった。

ところが、所有を手放すことで、少し自由になれた気がする。

なんとも皮肉な話だ(笑)


2026/10/10

今日はお休みということで、新潟県の景勝地、笹川流れへドライブに行ってきた。

 

道の駅「夕陽会館」に立ち寄り、ソフトクリームでも食べようかと思っていたら、懐かしいパッケージが目に留まった。

 

「ビバオール!」

 

いちご味のアイスの中に、いちごソースが入った棒アイス。子どもの頃、よく食べていた。

 

当時作っていたのは、仙台の「しまかげ」という会社。今は新潟の「セイヒョー」が復活させているそうだ。しまかげのチョコスターやストロール、三色トリノも大好きだった。

 

母の実家の近くに、駄菓子屋と雑貨屋が一緒になったような商店があった。

 

お盆に遊びに行くと、「好きなの買ってこい」と言われ、従兄弟たちと一緒に買いに行った。

 

ひとりっ子だった私には、みんなと連れ立って買い物に行く、その感じが新鮮だった。

 

ちょっと年上のお兄さんの服装や立ち居振る舞いにも、大人を感じた。少ししか年齢が違わなくても、ずいぶんお兄さんに見えたものだ。

 

何を買うかも楽しみだったけれど、その輪に入って一緒に出かけることもうれしかった。

 

今日のビバオールは、1本140円。

 

久しぶりに食べてみると、正直、味に感動するというほどではなかった。

 

けれど、あの頃を感じるには充分だった。

 

母の実家、近くの商店、従兄弟たちと過ごしたお盆。

 

ソフトクリームを食べるつもりで立ち寄った道の駅で、思いがけず懐かしい時間を味わった。

2026/10/08

山形新聞に「片付け力 組織変える」という記事が載っていた。講師として紹介されていたのは、スッキリ・ラボ代表の小松易さん。

 

実は、私は7年前に小松さんとお会いし、その後メールのやり取りをしたことがある。新聞でお名前とお顔を拝見し、当時のご縁を思い出した。

 

記事を読んで改めて感じたのは、片付けの奥深さである。

 

片付けには、目的を明確にし、関わる人全員で共有することが欠かせないという。職場なら、探し物の時間を減らす、安全に作業する、次に使う人が困らないようにする。何のために片付けるのかが分かれば、モノの置き方も変わってくる。

 

自分には分かる場所でも、ほかの人には分からないことがある。使った本人は困らなくても、次に使う人が探し回るようでは、仕事は滞ってしまう。

 

記事では、片付けの対象はモノだけでなく、情報や仕事の進め方にも及ぶと紹介されていた。必要な情報がすぐに見つかること、誰が何をするのか分かることも、働きやすさにつながっている。

 

今、当社でも事務所の片付けを少しずつ進めている。何を残し、どこに置くか。その判断を重ねながら、みんなが使いやすい職場にしていきたい。

 

7年前にご縁をいただいた方の記事が、今取り組んでいることを考えるきっかけになった。

 

片付けを通じて、日々の仕事も見直していこうと思う。

2026/10/06

機械式時計の針を、5分早めてみた。

 

スマホや電波時計は、いつも正確な時刻を教えてくれる。けれど、自分の都合に合わせて針を進めるのも、機械式時計の楽しみ方の一つかもしれない。

 

「5分前行動」

子どものころから言われてきたことだ。当たり前に知っているが、実践できていただろうかと顧みた。

 

まだ時間があるから、もう一つ。

出かける直前まで何かをして、結局ギリギリになる。そんなことが、いつしか習慣になっていた。

 

ギリギリまで何かをやっていないと気が済まない。まずは、その気持ちを手放したい。

 

5分余ったなら、余ったままでいい。

一つ多く済ませるより、余裕を持って出かける。そのための時間にしようと思う。

 

時計の針を5分進めて、自分の行動も少し早める。

ただいま実践中である。