954/1000 夏の一冊
高校生の息子が、学校の図書館から小説を借りてきた。
夏休みが近いということで、一人八冊まで借りられるのだそうだ。
机の上には、梶井基次郎の『檸檬』、井伏鱒二の『山椒魚』、遠藤周作の『海と毒薬』など、学生時代に見覚えのある作品が並んでいた。
「ちょっと貸して。」
そう言って、一冊借りたのが『檸檬』だった。
何十年ぶりだろう。
読み始めて驚いた。
こんなに短かっただろうか。
物語の内容は学生時代よりもずっと心に入ってきたが、それ以上に印象に残ったものがあった。
本の最後に挟まれていた貸出カードである。
何気なく眺めてみると、『海と毒薬』の貸出回数が、『山椒魚』や『檸檬』に三倍近い差をつけて圧倒的に多かった。
少し意外だった。
『檸檬』は短く、『山椒魚』も決して長い作品ではない。
それでも、多くの高校生は『海と毒薬』を選んでいる。
理由は分からない。
課題になっているのかもしれないし、先生の勧めなのかもしれない。
あるいは、若い頃だからこそ、人間の善悪や弱さを描いた物語に惹かれるのかもしれない。
私は学生時代、遠藤周作が好きで何冊も読んだ。
当時は物語を追いかけていたように思う。
しかし今読み返せば、きっと人間の弱さや迷い、赦しといった部分に目が留まるだろう。
本は変わらない。
変わるのは、読む人だ。
二十歳で読んだ一冊と、五十歳を前にして読む一冊では、同じ文章なのに受け取るものがまるで違う。
人生で出会った人、経験した失敗や喜び、そのすべてが読書を深くしてくれるのだと思う。
息子も二十年後、この本を手に取ったら、また違う景色を見るのだろうか。
さっさと読んで、息子と文学談義をしようと思う。

