今日は会社に行って、事務所まわりの大掃除。
まずは、毎年この時期恒例の、玄関テラコッタタイル掃除。
これまではずっとアルカリ洗剤を使っていたのですが、
今年は思い切って酸性洗剤に変更してみました。
業者さんに「テラコッタには酸性のほうが向いてますよ」と教えてもらって、
なるほどそれなら、と。
手にしたのは、毎度おなじみの亀の子ダワシ。
ごしごし、ひたすらごしごし……
気づけば2時間が経過。
仕上がりは上々。これまでよりも汚れ落ちが良く、タイルがワントーン明るくなった気がします。
ただし、手は荒れました。バッチリ。
このあと、ハンドクリームを三度塗りする羽目に。
続いて、つばめの巣があるテラスもお掃除。
こちらは糞でずいぶん汚れていたけれど、つばめの邪魔をしないよう慎重に。
気配を消しながらスピーディーに、ほうきをそっと動かす。
上からの視線(たぶんつばめ)を感じつつ、なるべく音を立てず、なるべく短時間で。
ちょっとした緊張感の中での掃除だったけれど、
なんとか、つばめたちの機嫌を損ねずに済んだ……はず。
会社の玄関は毎年こうして丁寧に磨くのに、
自宅の玄関はもう、いつ掃除したか思い出せないほど。
こういうところ、妻に見られたらきっと何か言われるだろうな……
そんな予感を抱きつつ、何も言われないうちに今日の掃除は終了。
手は荒れたけれど、玄関は気持ちよく仕上がりました。
さて、ゴールデンウィークも残すところあと二日。
ありがたいことに「ゴミ持ち込みできますか?」というお問い合わせもいただいていますが、
受付は5月7日(火)から再開となります。
今週は土曜日も受付しておりますので、ご都合に合わせてぜひご利用ください。
今年も、父と鯉のぼりのポールを立てた。
この行事は、もう15年近く続いている。
一人ではとても立てられない大きなポールで、二人の呼吸が合わないと倒れてしまう。
タイミングを合わせて、ぐっと持ち上げる。無言の共同作業だ。
うちの鯉のぼりは、父が私の息子のために買ってくれたものだ。
あのとき、父はどんな気持ちで選んだのだろう。
父はもともと、娘のほうを少し特別に可愛がる人で、
孫に対してもそれは変わらない。
だから、私の息子のために贈ってくれたことが、
少し不思議で、少し嬉しかった。
当時は、名前の入った鯉のぼりがまだ定番だった。
今見ると、空を泳ぐ鯉の腹にデカデカと息子の名前があって、ちょっと照れくさい。
でも、その“古さ”にこそ、時間の重みがある気がする。
ポールを立て終えたあと、風が吹くのを待ちながら鯉のぼりを見上げる。
父は何も言わないけれど、たぶんあの贈り物は、
孫へのもの以上に、「父になった私」への無言のエールだったのかもしれない。
毎年同じようで、少しずつ違う春の空。
今日もまた、変わらない風景の中に、静かな気持ちが流れていた。
昨日の寒さが嘘のように、今日はじんわり汗ばむ暑さ。ここ鶴岡も、季節がぐっと前に進んだ気がします。
そんな中、行政の方々や工業団地の代表と、軽く打ち合わせの時間がありました。テーマは地域の課題。特に、若者の流出をどう防ぐかという話は、皆さんそれぞれに思いがあるようで、自然と議論も深まりました。
「こんなネットワークが必要なんじゃないか」 「若い人たちが集まれるような拠点があったら」 「もう少し情報発信を強化してはどうか」
いろんな「足す」アイディアが出てきて、それはそれでとても前向きだと思います。地域をよくしたいという気持ちが伝わってきて、聞いていてうれしくなりました。
でもその中で、僕はひそかにこう思っていました。
「何かを加える前に、いったん引いてみる必要があるんじゃないか」と。
私たちが日々お伝えしている整理収納アドバイザーの理論でも、まず最初にやるのは“整理”、つまり「不必要なモノを取り除く」ことです。そしてその前には、「どうしたいのか」というビジョンを描く。これがあるからこそ、“今”を見直すことができるんです。
この流れで、ふと昔の友人の言葉を思い出しました。
「ラーメンの味も確かめないで、いきなり胡椒を振るやつって、ちょっと野暮だよな」
彼はそう言って、まずは一口、真剣にスープを味わってから箸を進めるタイプでした。たしかに、“味見もせずに足す”のは、自分の感覚を信じてないことの裏返しかもしれない。地域も同じで、「足さなきゃ」と焦る前に、まず今の味を確かめてみる。その方がずっと豊かだし、誠実だと思うのです。
もちろん、答えなんて簡単には出ません。でもこうした対話の場そのものが、地域を整理していくための大切なプロセスなのだと感じました。
帰り道、暑さに背中を押されて、アイスコーヒーをひとつ。苦味の中に少しだけ甘さを感じながら、「やっぱり足すより引く、かもしれないな」と、考え続けていたのでした。
2ヶ月に一度、顔剃りに床屋さんへ行っている。言っておくが、ただの顔剃りではない。90分。もはやコース料理並みの贅沢時間だ。最初の頃は「そんなに時間かかる!?」と思ったけれど、今ではこの90分がないと生きていけない身体になっている。完全に中毒。
椅子に座った瞬間、もう半分眠い。背もたれが倒れて、顔に蒸しタオルがのせられたら、はい終了。完全に宇宙へトリップである。天井の照明がぼんやり見えて「ああ、これが極楽ってやつか…」なんて思ってるうちに、いつの間にか顔がつるっつるになってる。
最近見た会員制の高級理髪店の写真が忘れられない。革張りの立派な椅子、静かな照明、木目の壁。完全に大人の秘密基地だ。もちろん行ったことはない。でも、妄想なら何度も行ってる。あの椅子——名前は「バーバーチェア」というらしい——あれに座るだけで、自分がちょっとデキる男になった気がするから不思議だ。
できればその部屋には、でっかいスピーカーも置きたい。アナログのレコードをかけて、針が落ちる音にうっとりするようなやつ。「音が空気を震わせる」ってこういうことか〜なんて言いながら、たぶんコーヒーか何かを飲む。でも気づけば、スピーカーより先に買ったのはレコードだけ、なんてこともありそうで怖い。あと、置く場所ね。スピーカーって本当に、でかい。
本当はあんな空間、自宅にもほしい。でも、あのアンティークな雰囲気って、どう頑張っても一朝一夕では出せないんだよなあ。うちのリビングにあの椅子とスピーカーだけ置いても、たぶん浮く。完全に浮く。まるで、おしゃれなスーツをパジャマの上に羽織ってるみたいな感じ。
今日は、娘のバレーボール部の大会。
我がチームは昨日で敗退している。正直、今朝は重い足取りだった。「他人の結婚式」に出席しているような、心ここにあらずの、そんな一日になるはずだった。試合とは無関係な立場で、ただ時間だけが過ぎていくのだろうと。
ところが、会場に入った瞬間に、私の心は不思議と動き始めた。
白いロングTシャツに身を包み、颯爽とコートに現れたチーム。どのチームも地味な運動着に身を固めるなかで、そこだけがまるで光を放っているように見えた。練習の様子も独特だった。早々に練習を切り上げ、ゆったりとコートを広く使い、ペアでリズムを刻む。コーチも選手たちも、どこか余裕すら漂わせていた。
「このチーム、もしかして……」
そんな直感に突き動かされ、私はコーヒーを片手に、いつの間にかその陣地に溶け込んでいた。推理小説を鞄に忍ばせてきたけれど、読む暇なんてない。気付けば、視線も心も、彼女たちに釘付けだった。
試合が始まる。
出だしは苦しい。失点が続き、何度もタイムを取る。それでも、選手たちは決して下を向かない。点差は開く一方なのに、不思議と、希望の火が消えない。監督は冷静に試合を見つめ、スマホでストレス指数を確認して苦笑いする。その姿に、思わずこちらも肩の力が抜けた。
じわじわと点差は縮まるものの、結局、準々決勝敗退。
試合後、選手たちは黙って横断幕を外していた。その背中に、悔しさと、でもやり切ったという誇りがにじんでいた。胸がぎゅっと締めつけられる。
こんなにも胸を熱くする試合を、私は今日、目撃した。
朝感じた「つまらなさ」なんて、もうどこにもない。
むしろ、最高の日曜日。
私はまたきっと、バレーボールに魅了される日が来るだろう。
そう思えた一日だった。