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850/1000 コウモリという粋 

850/1000 コウモリという粋 

公民館に、ごみの件で伺うことがある。

そのたびに、決まって出てくる話題がある。

「この傘、どうしたらいいでしょうか」

玄関の隅に、忘れられた傘が何本も立てかけられている。

黒や紺の、どこにでもあるような傘だ。

壊れているわけではない。

開けば、ちゃんと雨をしのげる。

「まだ使えますよね」

「処分してもいいものか迷っていて」

そう言われると、簡単には答えられない。

「よければ使ってください」と声をかければいいかというと、

それもなかなか難しい。

「それ、自分のものだと言われると困るので」

そんな遠慮が、言葉の端ににじむ。

身近な関係の中では、

“もらう”という行為ひとつにも、微妙な気遣いが生まれる。

便利さよりも、距離感の方が大切にされる場面だ。

誰のものでもなくなった傘。

けれど、完全に無関係にもなりきれない。

そんな曖昧な場所に、静かに立てかけられている。

ふと、思い出す。

大正生まれの祖父母が、傘のことを「コウモリ」と呼んでいたことを。

丸く広がるその形は、確かに羽を広げたコウモリのようにも見える。

子供の頃、意味も分からず使っていた言葉だが、不思議と記憶に残っている。

コウモリは、粋な言い回しかもしれない。

ただの傘を、少しだけ違って見せる。

見慣れたものに、もうひとつの輪郭を与える。

昔の人は、そうやって

暮らしの中に、ささやかな遊びを忍ばせていたのだろう。

今、目の前にある傘たちも、

ただの“忘れ物”ではないのかもしれない。

誰かの帰り道。

急な雨。

誰かと歩いた時間。

そうした記憶が、静かに染み込んでいる。

さて、このコウモリたち。

どこへ飛ばしてやるのが、いちばんいいのだろうか。