66/100 大丈夫ってみんな言われたい
人は迷ったとき、誰かに頼りたくなる。
ときに、それは占いだったりもする。
私も20代のころ、占いにずいぶん凝ったことがある。今は何かを決めるときに占いを頼ることはない。まあ、嫌いということでもない。むしろ、あの不思議な魅力に今でもふと惹かれることがある。
占いでもなんでも、お金を払って相談するというのは、ある種の線引きができていて、さっぱりしていていい。時間を取って話を聞いてもらい、その分のお金を払う。身近な人には「こんな話をしたら心配をかけるかな」と考えてしまうことも、そういう場だと案外すっと口にできる。
あのころの私は、占いに何を聞きに行っていたんだろう。
大丈夫って言ってもらいたかったのだろう。
作家の高橋源一郎さんが、ご自身のラジオ番組で、励ますときの「無理しないでね」という言葉に、ちょっと違和感があるという話をしていた。
じゃあ、どんな言葉がいいだろう。ラジオを聴きながら、私だったら「大丈夫」かな、と考えた。すると、高橋さんも「大丈夫」がいいなと言った。
それが、なんだかうれしかった。
同じ言葉が浮かんだのもうれしかったし、ラジオから「大丈夫」と聞こえてきて、少しほっとしたのかもしれない。
今でも、仕事で迷うと、先代である父に相談することがある。父は会社のことも、私のこともよく知っている。それだけに、こちらが思っていたのとは違うことを言われることもある。
「そうか、そういう見方もあるのか」と思うこともあれば、「そこはやっぱり自分の考えでやってみたい」と、話しながら気づくこともある。相談する前は、何に迷っているのかさえ、うまく言葉にできていなかったりする。
「大丈夫」と言ってもらえるとうれしい。それは今も変わらない。父と話したあと、自分の中から「じゃあ、まずはこうしてみようか」と言葉が出てくることもある。
迷ったときに「あの人に話してみよう」と顔が浮かぶ。そういう人がいることを、ありがたいと思う。

