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毎日ブログ

2026/03/30
862/1000 手放す子育て   

子供との接し方というのは、思春期ともなればなかなか難しい。

昨日、妻と末の娘が何やら言い争いをしていた。

 

どうしたのと妻に聞くと、娘は

「お父さんには言わないで」

と言っていたそうだ。

理由は分からない。

分からないのだけれど私は、

「娘のいいようにしてやれば?」と伝えた。

すると妻は少し考えてから、

「私もあの頃そうだったな〜」と頷いていた。

 

親子の関係で「子供に寄り添ってください」という言葉は、人生相談などでよく目にする。

けれど寄り添うというのは、案外むずかしい。

子供を信じること。

子供を自分のものだと思わないこと。

寄り添うというのは自分ではそういうことなのかなと思った。

しかしやってみると中々勇気がいる。


全部を知ろうとしないことも、たぶん大事なのだと思う。

信じるというのは、そばに置いておくことではなく、

手放すという感覚に近いのかもしれない。

2026/03/28
860/1000 仕事の醍醐味   

エアコンの取り外しの依頼があって行ってきた。

90代ぐらいのおばあちゃんの住むマンションだ。予定を覚えていてくれるか心配だったが、エアコンの下に脚立まで構えていてくれた。

 

入ると対面キッチンのダイニング側に、仏壇が置かれていた。ご主人に先立たれたのだろうということが自然と伝わってきた。


エアコンはガスを回収するために電源を入れる必要があるので、「リモコンありますか?」と聞くと、「これかしら」と差し出されたのは、なぜか爪切りだった。

「あ〜ちょっと違うかな〜」と言って、本体のスイッチで強制運転をかけてガスを回収する。


作業の間、いろいろなお話をした。

買い物はどうされていますか?と聞くと、「近くのスーパーまで歩いて行ってるの。健康のためにね」と教えてくれた。

 

なんとかんく、持ち物や所作で現役の頃の職業を推測してしまうのが悪い癖で、先生ぽいなと思い、先生をされていましたか?と聞いてみると、

「隣町の役場に勤めてました」とのことだった。

 

あの役場は新しくなりましたが、行かれましたか?と聞くと、「この前、娘に連れていってもらって見てきたの、だいぶ変わってたね〜」と少しうれしそうに話してくれた。

そして最後に、しっかり作業料金は値切られた。

 

この方の人生の数万分の1の時間を共有して、人生のほんの一部だけれどを伺うことができた。

おばあちゃんの日常はこれからも続くだろう。
そして私は、その辺を通ると、あの仏壇や脚立や爪切りのことをきっと思い出し、元気かなと考えるだろう。
その人をダイレクトに感じられるこの仕事は実に面白い。

2026/03/26
858/1000 後始末の気持ちよさ   

昨日、「侍タイムスリッパー」を観た。幕末の会津藩士が140年後の現代に現れるという物語だが、印象に残ったのは刀でも戦いでもなく、ひとつの静かな所作だった。

どうでもいいようなワンシーンだが、混乱の中でも彼は布団をきちんと畳んでその場を後にする。

 

ほんの短い場面なのに、「武士とはこういうものだ」と自然に思わせる力があった。もちろんフィクションなのだけれど、不思議と納得してしまう。きっと武士ならそうするのだろう、と。

 

実は私は朝の布団を畳むかどうかで、妻によく注意される。どうせ私がもう一度畳むのだから、そのままでいいと言われるのだ。合理的に考えればその通りである。

 

けれど今朝は違った。映画の余韻のまま、きっちり畳んでから出社した。

 

すると不思議なもので、気持ちが整う。

 

布団を畳むというのは効率の問題ではなく、「後始末」なのだと思う。自分がいた場所を整えて去るという、小さな区切りのようなものだ。

 

私たちの仕事もまた後始末に関わっている。暮らしのあとを整え、時間の痕跡を整え、人の営みを次へ渡していく仕事だ。

 

整えて去る。

 

それだけのことなのに、そこには確かな気持ちよさがある。


2026/03/24
856/1000 永遠なるもの   

鶴岡公園の梅が咲いていた。

やっと春だな、という実感がある。

「明けない夜はない」という言葉がある。けれどそれに対して、「明けない夜もある」という少し意地の悪いような言葉もあるらしい。

 

どちらも本当なのだと思う。

 

人生には、簡単には明けたと言えない夜もある。そうは言っても、明けたあとで振り返ってみれば、あれは夜だったのだなと思うこともある。

 

明けても、もしかして明けなくても、大切なのは希望を持つことなのだと思う。そういう気持ちになれない時もあるし、絶望しているような時もある。

 

それでも希望を持とうとする。

持てなくても、持とうとする。

 

その姿勢そのものが、生きるということなのではないかと思う。

 

私の五十年の人生で得た知見として、「ずっと続くことはない」ということがある。良いことも続かないし、悪いことも続かない。そもそも良いか悪いかさえ、長い目で見なければわからないことも多い。

 

永遠というものはない。

 

鶴岡公園の梅が咲いていた。

やはり春は来るのだ。


2026/03/22
854/1000 クロムなめしの革の香り   

昨日、49歳になった。

魚座と牡羊座の分岐点に生まれているせいか、自分にはどこか二面性があるような気がしている。

考え込む自分と、動き出す自分。慎重さと勢い。

そのどちらも確かに自分の中にあるように思う。

もっとも、そんなことを言ってみても、バカであることには変わりがないのだけれど。


けれど最近は、それでいいのだと思うようになった。

むしろこれからは、もっとバカでなければならないのではないかと感じている。

分かったつもりにならないこと。

偉くなった気にならないこと。

人の話をきちんと聞くこと。

そして、新しいことに素直に驚けること。

そういう意味での「バカ」でいたいと思う。


今朝は新しい鞄を持って出社した。
クロムなめしの革の香りがまだ残っていて、小さなことだけれど少し気分が上がる。
49歳の始まりを、この鞄がそっと応援してくれているような気がした。
まだまだこれからだと思わせてくれる朝だった。