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毎日ブログ

2026/08/08
995/1000 BBQが楽しいのは   
昨日は会社恒例のバーバキューが開催された。
会社の駐車場にブルーシートを敷いて長テーブルを出す。ちょっといい肉を買い、炭で火を起こし、
ダンボール4箱分のだだちゃ豆の差し入れがあり、慌ててお湯を沸かして茹でまくった。
19Lのビールサーバーはすぐに空になり、禁断の日本酒へ。
ここからは中々怪しい記憶になる。
普段は話さないスタッフ同士が交わったり、普段話さない話題が飛び交い、渦みたいなものができて行く。
外、調理、一緒に食べる。原始の時代から行われてきた営みみたいなところに、バーバキューの楽しさとか根源的な喜びが
あるのかもしれない。
だからバーベキューを会社でやるのって最高のレクレーションじゃない?。

私はちょっと早く退散し、翌朝会社に来てみると、綺麗に後片付けがされていた。
幹事さんありがとう。

2026/08/06
993/1000 真夏のお片づけは注意して   
 梅雨が明けて、雨の気配がなくなったこの間、持ち込みのお客様のゴミ荷下ろし場のラインを引き直しました。
以前は専門業者にお願いしていたのですが、近年は当社安全衛生委員会の面々によって実施されています。
写真のように、空の青と木々の緑のコントラストが夏の盛りを表現しています。
猛暑というのが普通になっていますが、本当の夏の盛りというのは8月5日の前後数日ではないかと思うのですが、私だけでしょうか。
これを過ぎると、どこか秋を感じさせる日差しだったり、ふとした瞬間というものがあります。
弊社来週はお盆休みということで、8月10日(月)12(水)以外はお休みをいただきます。
真夏のお片づけは危険ですから、ちょっと涼しくなったら、ぜひお持込くださいね。

2026/08/04
991/1000 誰が主役か   

先日、ラジオを聴いていたら、凄腕ラジオパーソナリティーであるジェーン・スーさんがゲスト出演されていた。

「ラジオで心掛けていることは何ですか?」という質問に、彼女はこう答えた。

「聞いている人が主役です。」

この一言に、私はかなりの衝撃を受けた。

そのあとに続いた話がさらに印象的だった。

「自分がやりたいラジオに、リスナーを付き合わせるのではない。」

さらに、プロレスも同じだと話していた。

このニュアンスを言葉で説明するのは難しい。しかし、不思議なくらい腑に落ちた。

プロレスラーは、自分が気持ちよく技を出すためにリングへ上がるのではない。観客が熱狂し、「面白かった」と思ってもらうために試合をつくる。

ラジオも同じ。

パーソナリティが話したいことを一方的に話すのではなく、聞いている人が楽しめる時間をつくる。

つまり、主役は自分ではなく、相手なのである。

私は、この考え方はラジオやプロレスだけの話ではないと思った。

仕事もそうだ。

お客様が主役。

会議なら参加者が主役。

講演なら聴いている人が主役。

そして、人を育てることも同じではないだろうか。

上司が主役ではない。

教える人が主役でもない。

育つ人が主役なのである。

子育ても同じだ。

親はつい、自分の理想を子どもに重ねてしまう。

しかし、子どもの人生の主役は子ども自身である。

親は舞台の中央に立つ人ではなく、安心して歩けるように照らす照明係であり、ときには転ばないように支える裏方なのだと思う。

考えてみると、人間関係がうまくいかなくなるときは、「自分が主役」になっていることが多い。

認めてほしい。

分かってほしい。

自分のやり方についてきてほしい。

そんな気持ちが少しずつ大きくなると、相手は脇役になってしまう。

反対に、「相手が主役」という視点に立つと、言葉も態度も自然と変わる。

どうすれば、この人が輝けるだろう。

どうすれば、この人の力を引き出せるだろう。

その問いが生まれるからだ。

「聞いている人が主役。」

ラジオの話として聞いた一言だったが、私には人生の指針のように感じられた。

今日、自分は誰を主役にしているだろう。

その問いを持つだけで、人との関わり方も、仕事も、子育ても、きっと少しずつ変わっていく。

2026/08/02
989/1000 ワイキキと地元   

天気予報を見る限り、いよいよ梅雨が明けたようだ。

先日、海外旅行の話になり、ハワイのワイキキビーチの話題になった。

ずいぶん前、社員旅行で訪れたことがあるのだが、現地に着いて最初に思ったのは、「あれ、湯野浜に似ているな」ということだった。

もちろん規模も街並みも違う。しかし、海岸線の広がりや海と山の距離感、そしてダイヤモンドヘッドの岩肌を見たとき、なぜか懐かしさを感じたのである。

同じ湯野浜出身の先輩にその話をすると、「分かる、似てるよな」とすぐに共感してくれた。

子どもの頃の夏は、海水浴シーズンになると湯野浜は大渋滞だった。家から出るのも一苦労で、道路には県外ナンバーの車がずらりと並んでいた。

それほど多くの人が、この海を目指してやって来ていたのである。

しかし今では、あの頃のような渋滞はほとんど見られない。海水浴をしたことがないという子どもも増えているそうだ。

時代は変わった。

だからこそ、梅雨明けの青空を見ると、あの頃の夏を思い出す。

庄内の夏は短い。

海水浴シーズンは、始まったと思ったら、あっという間に終わってしまう。

世界中の人が憧れるワイキキにも、どこか通じる景色が故郷にはある。

そう思って湯野浜の海を眺めると、見慣れた風景が少しだけ誇らしく見えてくる。

今年も短い庄内の夏を、存分に味わいたいものである。

2026/07/31
987/1000 いつも心に太陽を   

月末の金曜日。

朝から電話は鳴る、鳴る。

現場はフル稼働。持ち込みのお客様も次々と来社され、事務所の中もなんだかお祭り状態。

「今日は忙しいねぇ。」

そんな言葉が何度も飛び交う一日だった。

「忙しい」という字は、心を亡くすと書く。

もちろん漢字の成り立ちは違うのだけれど、この表現は案外うまいことを言っている。

忙しくなると、目の前のことだけで精一杯。

笑顔が減ったり、言葉が少しきつくなったり、「ありがとう」を言い忘れたり。

心が少し迷子になってしまう。

私は、心って太陽系でいう太陽みたいなものだと思っている。

太陽が真ん中でしっかり輝いているから、地球もほかの惑星も、それぞれの軌道を外さずに回っている。

もし太陽がなくなったら、大混乱である。

人もきっと同じだ。

心という太陽が元気なら、仕事もうまく回る。

家族との会話も弾む。

仲間との空気も柔らかくなる。

でも、心が曇ると、何だか全部がうまくいかない。

だから、忙しい日は仕事を減らすことよりも、心をなくさないことの方が大切なのかもしれない。

深呼吸をひとつ。

「ありがとう」をひとつ。

笑顔をひとつ。

それだけで、心という太陽はまた顔を出してくれる。

忙しい毎日は変えられない。

でも、その真ん中で輝く太陽は、自分で守ることができる。

そんなことを思った、月末の金曜日だった。