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毎日ブログ

2026/08/18
心して食べる  

昨日のお昼は、大八食堂さんへ。

 

写真は「野菜炒め定食」です。

 

見てのとおり、かなりのボリューム。

 

運ばれてきた瞬間、

「これ、食べ切れるかな〜」

と、実は一抹の不安を感じてしまいます。

 

でも、昨日ももちろん完食しました。

 

大八食堂さんは、もうすぐ60周年を迎えようとしている老舗の食堂です。

 

そして実は、当社のごみ収集のお客様でもあります。

 

当社とのお付き合いは30年以上。

 

そう考えると、私たちはずいぶん長い間、大八さんから出るごみを収集してきたことになります。

 

お店が営業して、お客様がやってきて、ご飯を食べる。

その裏側では毎日ごみが出て、それを私たちが収集する。

 

そんな関係が30年以上続いてきました。

 

だからでしょうか。

 

最近、大八さんでご飯を食べるとき、少しだけ思うことがあります。

 

誤解を恐れずに言えば、

 

「あと何回、ここで食事ができるのだろう」

 

と。

 

もちろん、いつまでも元気に続けてほしい。

 

でも、60年近く続いてきたお店も、そこで働く人も、そして食べに行く自分自身も、ずっと同じではありません。

 

いつでも食べられると思っているこの野菜炒め定食だって、実は「いつでも」ではないのかもしれない。

 

そう思うと、一回一回の食事を心して食べようと思うのです。

 

昨日もそんなことを思いながら、山盛りの野菜炒めと格闘し、きれいに完食。

 

会計を済ませて帰ろうとすると、おかみさんが、

 

「これ、持っていって」

 

という感じで、この時期には珍しい大粒のみかんを、そっとくれました。

 

なんだか、うれしかったですね。

 

30年以上のお付き合いというのは、契約書や取引の記録だけに残るものではなく、こういう何気ないやり取りの中にあるのかもしれません。

 

ごちそうさまでした。

 

また食べに行きます。

2026/08/16
いい汗かいた、お盆最終日  

昨日は、鶴岡が世界に誇る赤川花火大会。

 

そして一夜明けた今朝は、花火の打ち上げ場の清掃です。

 

朝6時集合。

 

この清掃活動も、もう20年近く続けています。

 

いつものように赤川の土手を車で走っていると、何かが違う。

 

いつもなら、土手にはものすごい数の花火の残骸というか、細かな破片が散乱しています。

 

ところが、今回はほとんどない。

 

こんなことは、めったにありません。

 

聞けば昨日は、珍しく通常とは逆の「出しの風」。丘から海に向かって吹く風だったため、花火の破片のほとんどが対岸の観覧席側に落ちたのだとか。

 

そこで我々も、いつもの打ち上げ場側ではなく、対岸の観覧席側を清掃することになりました。

 

そこには地域のスポーツ少年団や中学生の姿も多く見られ、みんなで花火の破片を拾っていきます。

 

昨夜、あれだけ華やかだった赤川が、一夜明けると今度はたくさんの人の手で、いつもの赤川に戻っていく。

 

花火を打ち上げる人がいて、それを見る人がいて、そして翌朝、片付ける人がいる。

 

この朝まで含めて、赤川花火大会なのかもしれません。

 

お盆休み最終日、いい汗をかきました。

2026/08/14
Led Zeppelin IIIとHotel California  

今日は息子と中古レコード屋さんへ行った。

二人で棚を眺めながら、あれやこれやとレコードを手に取ってみる。

しかし、知っているジャケットなんてほとんどない。

今では音楽はサブスクで、聴きたいと思えばすぐに聴ける。

とても便利な時代になった。

でも昔は、音楽を聴くということ自体が、今よりずっと大切にされていたような気がする。

レコードを買って、家に持ち帰って、ジャケットから盤を取り出して針を落とす。

レコードを大事にするというのは、なんとなく昔の写真のアルバムを大事にする感覚に近いのかもしれない。

今では写真もスマホの中に何千枚とあるけれど、昔は一枚一枚を現像して、アルバムに貼って大切に残していた。

レコードも同じで、そこに入っている音楽だけではなく、ジャケットも、盤も、それを聴いていた時間も含めて大切にしていたのだと思う。

もっと昔まで遡れば、音楽なんて一部の貴族や裕福な人しか生で聴くことができなかった時代もあったのだろう。

そう考えると、音楽というものは長い間、大事に大事に聴かれてきたのだと思う。

それが時代が変わって、今ではレコードが時には捨てられ、中古レコード屋さんの棚に並んでいる。

そんなことを考えながら一枚一枚見ていると、見覚えのあるジャケットが出てきた。

レッド・ツェッペリンの『Led Zeppelin III』。

価格は1,000円。

1970年のアルバムだから、なんと56年前である。

もちろん私はリアルタイムの世代ではない。

でも高校生の頃、このアルバムのCDを買った。確か2,000円もしなかったと思う。さらにバンドスコアまで買った記憶がある。

今ならサブスクですぐに聴ける。

それでも、

「これ、レコードで聴いたらどんな感じなんだろう」

と思ったら欲しくなって、購入。

家に帰って聴いてみると、これが面白い。

CDで聴いていた頃より、さらに暴力的に響くのだ。

音が塊になって飛んでくるような感じがする。

そして初めて知ったのだが、このレコード、ジャケットにも仕掛けがある。

ジャケットの中の円盤を回すと、穴から見える絵柄が変わる。

高校生の頃にはCDで聴いていたから、そんなことは知らなかった。

そして息子が見つけたのが、イーグルスの『Hotel California』。

1976年発売。

今年でちょうど50年である。

実はこれも、高校生の頃にCDで聴いていたアルバムだ。

こちらはレッド・ツェッペリンとはまた違う。

ドン・ヘンリーのどこか温かみのある歌声を聴いていると、1976年という時代の空気まで入っているような気がした。

ベトナム戦争が終わった翌年。

そしてアメリカ建国200年の年。

もちろん当時の空気を私は知らない。

それでも今聴くと、いろいろな歪みや疲れを抱えながら、それでもどこかに希望を探しているような、そんな時代の匂いを感じる。

そしてふと気づく。

この2枚、どちらも私が高校生の頃にCDで聴いていたアルバムなのだ。

それを50歳近くになった今、高校生の息子と中古レコード屋で見つけて、今度はレコードで聴いている。

音楽そのものは昔と何も変わっていない。

変わったのは、聴いている自分と、その隣にいる人だった。

スマホの中の写真も、サブスクの中の音楽も、いつでも取り出せる。

でも、アルバムを開くことや、レコードに針を落とすことには、それとは少し違うものがある。

そこに残っているのは、写真や音楽だけではない。

その時代や、その時の自分まで一緒に残っている。

だからレコードというのは、単に昔の音楽を聴くためのものではないのかもしれない。

時間まで一緒に再生するものなのだ。

2026/08/12
999/1000 お盆の谷間、ゴミ屋さんは大忙し  

お盆の谷間、本日は営業日でした。

もちろんゴミの受け入れも行っていたのですが、朝から多くの方にお持ち込みいただき、終わってみれば今年一番の来客数となりました。

私も今日は電話の前に座り、お問い合わせ対応。

これがまた、実にいろいろです。

「額を捨てたいんだけど、ガラスが付いていても大丈夫?」

「割れたガラスはどうしたらいい?」

「こういうものは持ち込める?」

そして、なかなか難しかったのが、

「貸している土地の木を切ったんだけど、どうしたらいい?」

というご相談。

木そのものは処分できるのですが、話を聞いていくと問題はそこではない。

「その処分代を誰が払うのか?」

貸している側なのか、借りている側なのか。

結局、私がその間に入り、あちらに電話して、こちらに電話して、またあちらに電話して……。

何度かやり取りを重ね、なんとか双方が納得できるところで折り合いがつきました。

電話を切ったあと、

「これ、俺の仕事なのか?」

なんて少し思いました(笑)。

でも、こういうことも含めて私たちの仕事なのかもしれません。

一口に「ゴミ」と言っても、その向こうには必ず人の暮らしがある。

誰かが片づけようと思ったり、庭をきれいにしようと思ったり、ずっと気になっていたものを「よし、今日捨てよう」と決心したり。

お盆休み中ということもあって、今日はそんな「暮らしを整える日」だったのかもしれません。

考えてみれば、ゴミには季節があります。

春は引っ越し、夏は草木、年末は大掃除。そしてお盆には、家や実家を整える人が増える。

毎日ゴミを扱っていると、そんな人の暮らしの動きがよく見えてきます。

ゴミ屋さんというと、いらなくなったものを処分する仕事に見えるけれど、時には人と人との間に入って話をまとめることまである。

まあ、それが本当に私の仕事なのかは分かりませんが(笑)。

そんなこんなで、今年一番忙しい一日となりました。

さて、当社も明日からお盆休みに入ります。

ゴミの受け入れは8月17日(月)から再開いたします。

皆さま、どうぞ良いお盆をお過ごしください。

2026/08/10
997/1000 思いっきり生きるということ   

帰省した長女がリビングで『ラヴ上等2』を観ていたので、一緒に観てしまった。

これを観たことがない人にどう説明すればいいかと思うのだが、簡単に言えば、面識のない数名の男女が数日間一緒に生活をして、その中で恋愛が生まれるのかを追いかける、いわゆる恋愛リアリティ番組である。

ただし、普通の恋愛リアリティ番組とちょっと違うのは、出演者がなかなかに個性的なこと。
初めは、身体中に入った刺青だったり、そのファッション、壮絶な過去の体験にかなり面食らってしまう。
しかし、彼らのストレートな生き方にどんどん引き込まれてゆくのだ。

この時代、いろんな事に配慮やら気を遣って、本当の自分に蓋をして生きることが当たり前、つまりとっても息苦しい。
しかし、彼らは、自分が生きたいように生きているように見える。だからいろんな人やことにぶつかって、それでも自分を貫く。
そこが気持ちいい。「なんか話の辻褄が合わないような・・・」と思っても、それも含めてそれが彼らの生き方で、その精一杯の生き方に自分の生き方を思い返させられる。
つまり恋愛番組というより私にとっては、思いっきり生きる!っていう生き方を観せられているのだと感じる。
出演者と同世代の娘は、どんな気持ちでこれを観ているのかちょっと読み取れないが、
あなたの人生観を変えてしまうかも知れない「ラヴ上等2」このお盆休みにどうぞ。