昨日は、鶴岡東工業団地連絡協議会のボーリング大会。
今年で 第41回 を数える伝統の大会には、今年も 70名を超える参加者 が集まり、当社・環境管理センターからは 2チーム・計8名 が参加しました。
私自身、この大会には20代の頃から参加してきました。
貸し靴のにおい、レーンの照明、スコア表のあの妙な緊張感——全部まとめて、工業団地らしい“年に一度のゆるい勝負”の風景です。
でも——
実は この大会、今年で最後 なんです。
理由は一言では片付かないけれど、大きいのは「時代の変化」。
41年間の歴史は立派ですが、運営には誰かの労力が必要で、それが少しずつ負担になってきた。
“何を守るべきか”を考えた結果の幕引きなのだと思います。
そして昨日も、レーンの上にはいつもの光景がありました。
ストライクが出れば「よっしゃ!」、スペアが取れれば「いいよいいよー!」と声が飛ぶ。
でも大事なのは、実はその 次の一投。
ストライクを取った直後こそ、力んでしまって G(ガーター) を出すパターンが多い。
あの“気負いすぎた結果のガーター”には、誰もが一度は覚えがあるはずです。
昨日も、そんな“あるある”にみんなで笑い合いながら投げていました。
そんな中で、環境管理センターチームは見事に 第2位!
最後の大会でしっかり爪痕を残し、これは素直に嬉しかった。
41年続いた大会の歴史と、これからの工業団地の歩み。
時代の変わり目、続けるのも辞めるのも勇気ですね。
今日は、なんだか胸の奥がざわついて、中学生の頃に観た『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を30年ぶりに観返してしまいました。1985年から1955年へタイムスリップする物語。デロリアンが炎を引いて走り去るだけで、あの頃のワクワクが一気に蘇ってきます。
私が観ていたのはテレビ放映版で、マーティの吹き替えは織田裕二、ドクは三宅裕司。誰に言っても信じてもらえないのですが、私の中ではこれが“正しい”吹き替え版です。当時はそれが当たり前で、織田裕二の軽快さと三宅裕司の勢いが、映画のテンポと妙にぴったりでした。
久々に観て「あれ?」と思ったのは、マーティが学園ダンスで弾くギブソンのギター。赤いセミアコはGibson ES-345。よく調べると1955年の時点ではこのモデルはまだ存在していないというのは有名な話で、映画らしい“時空のズレ”なんだとか。でも、そんなことはどうでもよくて、当時の私はただ「かっこいい!」それだけでした。
思い返すと、中学生の頃に夢見ていたものは、この映画の中にたくさんありました。ギターもデロリアンも、ターミネーター2を観て憧れたハーレーも革ジャンも。「大人になったら全部手に入れるんだ」と本気で思っていた。
そして今。30年経って、あの頃の夢をどれだけ叶えられただろうかと振り返ってみると──デロリアンこそ手に入れられなかったけれど、それ以外は案外叶えている。中学生の頃に想像していた“大人”の自分に、気づかないうちにちゃんとなっていたのだと思います。
それがなんだか嬉しくて。
今日の映画鑑賞は、小さなタイムトラベルのようでした。
パーソナルジムに通い始めて三ヶ月。
ここ最近、「あれ? そんなに変わってないんじゃないか」と思いながら鏡を眺める日々でした。
というのも、実はこの一ヶ月、計測をすっかり怠っておりまして…。
トレーナーさんが知ったら、「もったいない!」と眉をひそめそうですが、まあ人間そういう時期もあります。
ところが今朝、目を覚まして立ち上がった瞬間、ふとお腹まわりに違和感。
なんか……へっこんでいる気がする。
もしやと思い、慌ててメジャーを取り出して測ってみると、まさかの マイナス3㎝。
「いやいや、体重は変わってないだろう」と体重計に乗ったら、こちらも マイナス3kg。
嬉しい誤算。
まるで、一ヶ月放置していた“宿題”が、陰で勝手に成長していたみたいな、不思議な感覚。
劇的な日々ではなかったけれど、食事の選び方や姿勢、体の使い方を少しずつ見直してきた三ヶ月。
気づかないところで、ちゃんと結果が育っていたんだと思うと、なんだか救われる。
努力って、こういう形で返ってくるんですね。
静かな朝にふっと訪れる、小さな奇跡のように。
今日はボジョレー・ヌーヴォーの解禁日。
ワインの世界では毎年、お約束のように“独特すぎる”表現が並ぶ。「カシスのような香り」「濡れた落ち葉」「図書館の湿気を帯びた古書」なんて、詩なのか評論なのか分からない。けれど、この遊び心こそが、ボジョレーの良さでもある。
そんなことを思いながら、私は今朝もいつものようにコーヒーをハンドドリップした。始めて三ヶ月ほど経つだろうか。最初は“豆が全て”だと思っていたが、最近はどうも違う気がしてきた。むしろ、淹れ方ひとつで味は劇的に変わる。
お湯を落とすスピード、蒸らしの時間、注ぐ角度。ちょっと欲張って早く注ぐと味は薄くなるし、慎重すぎても雑味が出る。豆よりも「自分の気分と手つき」がコーヒーを左右している気すらする。
そしてコーヒーの香りの表現も、ワインに負けずにユニークだ。
「梨のような透明感」
「雨上がりの土の香り」
「鉛筆の削りかす」
もはや理科室かと思うような比喩もある。
だけど、毎朝の一杯に身を寄せていると、そんな表現がだんだん分かる気もしてくる。今日淹れたコーヒーは、とにかくスッキリしていて切れ味最高、まるで“冷えた朝に自転車で思いっきり坂道を下ってゆくような爽快感”があった。そんなことを思いながら、湯気越しに外を見る時間が、いつの間にか私の小さな楽しみになっている。
ボジョレー・ヌーヴォー実は飲んだことがない。けれど「図書館の湿気を帯びた古書」とか言われたら飲みたくなるね。
昨日から、札幌市手稲倫理法人会さんにお邪魔している。
二日間の講師という大役をいただき、皆さんからは「先生」と呼ばれる。
けれど、その呼び名がどうにもこそばゆい。
申し訳なさと、恥ずかしさと、少しの戸惑いが入り混じっている。
二日間も、いったい何を伝えればいいのだろう。
はっきりした答えを出せないまま飛行機に乗り込み、雪がちらつく札幌に降り立った。
手稲という地名は、アイヌ語で“湿地”を意味するのだという。
小樽と札幌のあいだにあり、小樽出身のサカナクション・山口一郎さんの「新宝島」に出てくる
「テイネテイネテイネ」というフレーズが、昨日からずっと頭を回っている。
だが、あの歌詞とはまったく関係がないらしい。
ホテルの窓から手稲の山並みを眺める。ここは札幌オリンピックの時にスキー場として整備され、この地域が札幌市に編入されたという。
それにしても季節が早い。
山形よりも一か月ほど冬の歩みが早く、厚手のコートがようやく“ちょうどいい”。
乾いた冷たい空気が、肌にも心にもピリッとした緊張感をくれる。
そして私にできるのはただひとつ。
自分の物語を語ること。
痛みも喜びも、迷いや未熟さも、逃げずに歩いてきたその過程だけなら、誰にでもまっすぐ伝えられる。
そして、この二日間の大役を終えて思う。
一番“教えられた”のは、私自身だった。
結果はそうできのいい内容ではなかったのかもしれない。