似ているけど、見る人が見るとまったく違うものってあります。
私が今、初段を目指して練習している習字なんかもそうです。興味のない人に言わせれば「どっちも上手いじゃん」で終わってしまう。けれど、筆の入りや払い、余白の取り方を知れば知るほど、見え方が変わってくる。自分の字の稚拙さに気づかされるのと同時に、奥深さがどんどん顔を出してくるのです。
同じことを、この頃はじめたコーヒーのハンドドリップでも体験しました。最初に淹れた一杯が偶然にも好評で、プロから「豆の旨みをストレートに表現している」と褒められ、すっかり気を良くしてしまった私。ところが、二杯目からはどうにも再現できない。何度淹れてもあの味に届かず、ただただスランプの中でもがいております。
温度計を買い、ミルの荒さを変えてみたり、お湯を注ぐ(置く)速度を調整したり。小さな変化を繰り返しては試し、繰り返しては悩む。そのたびに妻は「美味しいよ」と言ってくれるのですが、自分の中ではどうにも納得がいかない。凝り性と言われればそれまでですが、その「納得のいかなさ」こそが、実は面白くて仕方がないのです。
知らなければ「どれも同じ」で済んでしまうこと。けれど一歩踏み込んだときに見えてくる違いが、日常を深くしていく。
習字もコーヒーも、結局はその繰り返しにハマっているのだと思います。
末の娘が、街に「選挙ポスター掲示場」が立ち始めたのを見て「これで次の総理大臣を選ぶの?」と聞いてきました。
テレビでは自民党総裁選挙のニュースが流れ、街角にはこれから市長選と市議会選候補者の顔写真が並ぶ。どうやら子どもなりに、断片的な情報をつなぎ合わせて政治のことを考えているようです。もちろんまだ偏ってはいますが、そんな会話が出てくるだけでも成長を感じます。
そう、鶴岡ではまもなく市長選挙と市議会議員選挙が始まります。
「この人にも入れたい、この人にも」と思ってしまうのが本音。でも実際に投じられるのは、たった一票だけ。だからこそ悩ましく、だからこそ大切なのだと思います。
しばらくすれば、選挙カーが賑々しく街を駆け抜け、なんとも言えないピリ付いた空気になるのでしょう。
もちろん結果も楽しみな今回の選挙。鶴岡がどんな街に変わって行くのか、後に振り返った時に語り草になるような予感があります。
そして、最近あまり耳にしなくなったように感じますが「風の時代」という言葉。西洋占星術では、土の時代から風の時代へと星の配置が移り変わり、人とのつながりや情報、自由な発想が重んじられる時代になったといいます。
風の時代は、果たして誰を選ぶのか。
その答えは、私たち一人ひとりの一票の先に、静かに待っているのかもしれません。
先日、毎年恒例の健康診断がありました。
結果を見て、思わず二度見してしまったのが「身長」。なんと179.9cm。これまでは179.4cmあたりで安定していて、何か記入する際にも「179cm」と書くのが当たり前でした。ところが今年は、あと1ミリで大台の180cm。これはもう胸を張って「180cm」と書ける日がきたのではないかと思わずニヤリ。
もちろん、年齢を重ねて背が伸びたわけではありません。むしろ自然の流れとしては少しずつ縮んでいくはず。それがわずかに“伸びた”ように見えたのは、この一ヶ月ほど続けてきたパーソナルトレーニングのおかげだと思います。
私が最初に目標に掲げたのは「姿勢の改善」でした。筋肉を大きくするでも、急激に体重を落とすでもなく、ただ自然に正しく立つこと。胸を張りすぎず、肩の力を抜いて、すっと背筋を伸ばす。そのためにコツコツと積み重ねてきたのです。
その成果が、思いがけず「数値」として表れた。たった5ミリの違いですが、自分にとっては大きなご褒美でした。
「努力は裏切らない」というマラソンランナーの名言がありますが、今回の180cmはまさにその言葉を少しだけ実感させてくれる出来事でした。
2025年も残り100日を切りました。
改めて振り返ってみると、順調に進んでいる目標もあれば、軌道修正が必要なものもある。なかには「そもそも、なぜ立てたんだっけ?」と首をかしげるものもあります。
日記帳を読み返しながら「あの月にはこんなことがあったな」と思い出すのは楽しい時間です。予想もしなかった出会いや出来事から、新しい目標が生まれていたりするのも興味深いところ。
けれど、忘れてならないのは「なんの為に」という原点です。そこさえぶれていなければ、目標は通過点にすぎません。予定通りに進まなくても、根っこが定まっていれば、進む方向は変わらないのです。
そしてもうひとつ大事なのは、この9ヶ月をなんとかかんとかやってこれたということ自体への感謝です。完璧じゃなくても、計画通りじゃなくても、毎日を積み重ねてこれたこと。それを支えてくれた人たちや、日々の小さな出来事に、あらためて「ありがとう」と言いたい気持ちになります。
残り100日。
不足を数えるより、ここまでやってこれたことに感謝しながら、「なんの為に」を胸に、また一歩ずつ。今年の終わりにはきっと、そんな自分を少し誇らしく思えるのではないでしょうか。
人生には、必ず苦難が訪れる。
自分の力で対処できることもあれば、どうにもならないこともある。
そのどちらにせよ、心が折れそうになり、逃げ出したくなる瞬間がある。
以前、10億円以上の借金を背負いながら、何度もどん底から立ち上がった経営者からこう聞いた。
「苦難と喧嘩するな。」
苦難がやってくると、怖い、逃げたいという気持ちがあふれ出す。
そしてそれを脱したいと焦り、苦難と戦ってしまうことが多い。
しかし、それではますます出口が見えなくなってしまう。
そこで大事なのは、喧嘩をしないこと・戦わないこと。
ありのままを受け止め、心を空にして、ほんの少し前に進んでみること。
その小さな一歩が、未来を変えていく。
そしてもうひとつ、大切なのは「明るさ」なのだそうだ。
ここでいう明るさとは、無理に笑ったり、陽気にはしゃぐことではない。
真っ暗闇の中、窓の向こうに浮かぶ月あかりを見ること。「明」にはそんな意味がある。
それが前を向くということ。
これこそが、明るく生きるということなのだ。