今日は末の娘の中学校の卒業式。
これで、私たちが中学校に来ることももうないのだと思うと、少し不思議な気持ちになる。
兄弟合わせて、およそ10年。
入学式、運動会、三者面談、部活の送迎。
思えばずいぶん長い時間、この学校に通ったものだ。
この中学校は、田んぼの真ん中にある。
3階の窓から眺める庄内の田園風景は圧巻だった。
秋になれば稲穂が揺れ、
その向こうには高く聳える雲。
あの雲の高さと、庄内の空の広さは、今でも忘れられない。
しかし、そこに通っていた子どもたちにとっては、
きっとそれが当たり前の景色だったのだろう。
大人になって遠くへ行ったとき、
「あの中学校は、実は特別な場所だった」と気づく日が来るのかもしれない。
卒業式のあと、最後のホームルーム。
担任の先生が、生徒たちに歌をプレゼントしてくださった。
映画『サウンド・オブ・ミュージック』より
「山を越えて行け」。
先生は声楽をされているそうで、
教室いっぱいに響く歌声は見事だった。
その真剣さに、男子生徒の何人かは照れくさそうに笑っていた。
けれど、娘はまっすぐ前を向き、
じっと先生の歌を聴いていた。
その後ろ姿を見ながら、
ああ、いい子に育ったな。
そんなことを思った。
家に帰ってから、久しぶりに映画を見直した。
子どもたちは、これからそれぞれの山を越えていく。
そして親は、その背中を見送る。
兄弟合わせて10年通った中学校。
もうここに来ることはないけれど、
田んぼの真ん中の校舎と、
あの高い雲の空は、きっとずっと心に残る。
私が住む庄内の温泉街は、日本海に面している。
海が近いというのは景色としては素晴らしいが、建物にとってはなかなか過酷な環境でもある。
冬になると、海から強い風が吹きつける。
潮を含んだその風は、家の外壁や屋根を少しずつ侵食していく。
人が住んでいる家ならまだいい。
壊れたところは直され、手入れもされる。
しかし空き家になると、話は別だ。
あっという間に傷みが進む。
外壁が剥がれ、屋根の一部が飛び、風の強い日にはそれらが近所の家へ飛散する。
この地域では、空き家というのは静かに朽ちていくものではなく、
風と一緒に周囲へ広がっていく存在でもある。
では、なぜ手放さないのか。
多く聞く理由は二つある。
一つは
「仏壇があるから、たまには帰省するつもり」
もう一つは
「土地はもっと高く売れるはず」
しかし現実には、帰省することはほとんどなく、
土地の値段もバブル期の三分の一以下になっている。
それでも家は残り続ける。
不思議なことに、この町には
「住みたい」という人は少なくない。
海があり、温泉があり、静かで暮らしやすい。
この町に価値を感じてくれる人は確かにいる。
しかし、その人たちが住める家がない。
空き家はある。
けれど、住める空きがない。
私は家財整理の仕事をしているので、
空き家の相談を受けることも多い。
家というのは、建物というよりも
思い出の箱なのだと思う。
だから手放せない。
きっと、
故郷がなくなることへの不安があるのだろう。
しかし、放っておくと家は朽ちていく。
そして海風は、思い出には遠慮してくれない。
放置は最悪の決断だ。
売る、貸す、壊す、守る。
どんな選択でもいい。
ただ、何もしないまま時間だけが過ぎると、
家も、街も、ゆっくりと傷んでいく。
家では掃除機を持つことはほとんどない。
自慢ではない。
しかし、どうしても掃除機を掛けたい場所があった。
それは会社の工場の梁である。
鉄骨の梁。
数ヶ月前、高所作業車を借りて蜘蛛の巣取りをした。そのついでにバッテリー式のブロワーで埃を飛ばしてみたのだが、全然綺麗にならない。
これはもう掃除機で吸うしかない。そう感じた。
しかし工場の梁と小梁をすべて綺麗にしようと思うと、かなりの覚悟と時間がいる。
しばらく見ないふりをしていたが、昨日思い切ってやることにした。
12mの高所作業車を再度借りて、スターウォーズのR2-D2のような丸い掃除機を持ち込み、いざ作業開始。
吸っても吸っても埃が出てくる。
そしてついにR2-D2がダウン。
仕方なく2台目を投入することになった。
丸一日かけて終わったのは工場の4分の1ほど。
それでも回収できた埃は20kg。
おそらく20年分の埃だろう。
今回はここまで。
あと3回やればゴールだ。
高所作業車の上で、ただひたすら掃除機を掛ける。
誰に褒められるわけでもないし、効率の良い仕事でもない。
しかし、終わった後の工場を見上げたとき、なんとも言えない気持ちよさがあった。
ふと思う。
会社というのは、こういう場所なのかもしれない。
誰も見ていないところに、埃は溜まる。
そしてその埃は、気づかないうちに積み重なっていく。
社長の仕事は社風をつくることだと言われる。
もしそうだとしたら、
社風とは「見えないところの埃」をどう扱うかなのかもしれない。
そんな話を家で妻にすると、笑いながら言われた。
「へえ、気になるところあったんだ〜」
普段は掃除機を持たない男なのだが、
どうやら私にも、気になるところはあるらしい。
ひな祭りも終わり、実家の七段飾りも母が早々に片付けていた。
子どもたちが小さかった頃は、私が説明書を見ながら
「あれ、これはどこだ?」
「この人形は三人官女だっけ?」
などと、ああでもないこうでもないと言いながら飾っていたものだ。
最近では飾るのも仕舞うのも母任せ。
一番重たいスチール製の台座だけは、父が納戸から運び出す役目らしい。
少し申し訳ないなと思いながら、昨日実家の様子を見に行くと、今年から収納場所を変えたという。
これまでは二階の納戸にしまっていたが、これからは毎年飾る座敷の押入れに入れることにしたそうだ。
そこには来客用の布団が入っていたのだが、その布団を納戸へ移動させた。
理由は単純で、
「来客用の布団は、雛人形より出番が少ないから」
だという。
なるほど、それは名案だ。
それでも七段飾りを毎年きちんと飾ってくれるのはありがたい。
二十数年前にいただいた雛飾りだが、いま見ても新品と変わらないように見える。
ただ、仕事柄、少し複雑な気持ちになることもある。
この年代の雛飾りが、ときどき廃棄物として排出されることがあるからだ。
事情はいろいろある。
家が狭くなったり、飾る人がいなくなったり。
私たちは供養をしてから処分するのだけれど、
それでも、段ボールに収まった人形たちを見ると、
胸の奥が少しだけざわざわする。
人形は物だ。
けれど、そこには確かに誰かの時間が詰まっている。
だからだろうか。
実家でまた来年も飾られる雛人形を見ると、
どこかほっとするのである。
先月買ったベンチとダンベル。その後どうなったかというと、最初は寝室に置いていたのだが、毎日妻から
「この道具はここに置くのでいいの?」
と確認が入るので、結局ロフトの狭い空間に追いやられてしまった。
まあ仕方ない。
しかし、いざやってみるとこれがなかなかしっくりくる。むしろ秘密基地みたいでちょうどいい。
ロフトでベンチダンベル。
ほぼ毎朝、10分ほどのトレーニングを続けている。
10分とはいえ、終わる頃にはじわっと汗が出る。
この「じわっと」がなんとも気持ちいい。
体重はピーク時71kgだったのが、今は65kgを維持。
筋肉量も少しずつ上がっている。
そして何より驚いたのは、おへそ周り。
ピーク時84cmだったのが、今は79cmをキープしている。
おへそ周りが80cmを切るというのは、自分でもちょっとびっくりだ。
さすがに腹筋はまだ割れていないが、もし割れたら相当かっこいいな、とニヤリとしている。
数ヶ月前、息子にベースを買ってやった。
正直、最初は「すぐに埃をかぶるのでは」と思っていた。
ところが、夜になると部屋から
ボン、ボン、と低い音が聞こえてくる。
ちゃんと続いているらしい。
10分の筋トレと、夜のベース。
家の中の、それぞれの小さな習慣。