子どもの頃、自分の中に“ちょっと得意なこと”があるだけで、
なんとなく自信が持てた時期があった。
誰かに褒められるたびに、
「自分って、少しはすごいのかも」と思えた。
でも、あるとき気づく。
上には上がいる。
自分の「得意」は、案外通用しない。
その瞬間、自信が少しずつ崩れていく。
それ以来、本気を出すことが、少し怖くなった。
でも、たぶんそれ以上に怖かったのは、
自分の感情を表に出すことだったのだと思う。
悔しい、恥ずかしい、怖い。
そんな気持ちを見せたときに、
「弱いと思われるんじゃないか」と不安だった。
だから私は、感情を隠すために、
強がったり、笑ってごまかしたりする術を身につけていった。
ある日、信頼している人に言われたことがある。
「なんでそんなに平気そうな顔してるの? そんなに強くないくせに」
その言葉が、心に引っかかった。
たしかに私は、鎧のようなものをまとっていたのかもしれない。
大人になった今でも、何かに向き合おうとするとき、
背中の奥に、ゾワッとするような違和感が走る。
あの感覚は、長い間「不安」や「気持ち悪さ」として処理していたけれど、
最近になって、少し見方が変わった。
あれは、もしかしたら――
“伸びしろセンサー”なのかもしれない。
感情が動くとき、
自分にとって大事なものに近づいたとき、
そのセンサーがそっと知らせてくれている。
「ここを越えたら、変われるかもしれないよ」と。
だから最近は、センサーが反応したときこそ、
感情を押し殺すのではなく、少しずつ表に出してみようと思っている。
それでも迷うときは、
誰かに薦められたら、あえて乗ってみる。
ひとりじゃ進めないときほど、
差し出された言葉に乗っかることが、自分を広げるきっかけになることもあるから。
感情を出すのは、今でも少し怖い。
でも、怖いままでもいい。
その先にある“ちょっと新しい自分”に出会えたら、それで十分だと思っている。
我が社のテラスに、またツバメが巣を作ろうとしています。
つい先日、第一陣が無事に巣立っていったばかり。
にもかかわらず、もう次の子育ての準備とは、彼らの切り替えの早さには毎年感心させられます。
ところが今回、巣作りの場所が“網戸の上”という、なかなか厄介な場所でした。
人間の出入りも多く、こちらとしては困りもの。
でも、ふと思ったんです。
「なぜ、すでに空になったあの巣を使わず、新しく作ろうとしているのか?」
これまで彼らは、ひとつの巣で年に2回、子育てをしていました。
それが今回は、前の巣を放置して、新たな場所に挑んでいる。
考えてみれば、ツバメは“巣を作ること”はできても、“巣を壊すこと”はできません。
自分で作ったものに満足できなくても、リセットが効かない。
だからこそ、不便でも新しい場所に挑まざるを得ない。そんな状況だったのかもしれません。
私は思い切って、空になった古い巣を撤去してみました。
すると翌日、なんとその場所に、彼らはまた巣を作りはじめたのです。
つまり、彼らはあの場所を“選ばなかった”のではなく、“選べなかった”。
壊すことができないから、選べなかったのです。
そこから私が学んだのは、
「行き詰まったら、ぶち壊す」という発想。
式年遷宮、20年ごとに神社を建て替える、あの古来からの習わしにも通じるものがあります。
何かを守りすぎて動けなくなることは、私たち人間にもあります。
でも壊してしまえば、また動き出せる。
繁栄の法則とは、実はそこにあるのかもしれません。
今日の一枚は、山形県鶴岡市の関川地区にて。
新潟県との県境にあるこの場所には、毎年梅雨前のこの時期に、なぜか仕事で訪れる機会があります。
ちょうど田植えを終えたばかりの水田。
そこを吹き抜ける風の涼しさと、川のせせらぎの音。
ああ、やっぱりここ、気持ちいいなぁと素直に思います。
この関川地区は、「しな織の里」としても知られています。
しな織とは、しなの木の樹皮の繊維を使った日本最古の織物のひとつ。
現在では新潟県の一部と、この関川にしか残っていない、貴重な技術文化です。
そんな風光明媚な土地ですが、今日ふと目についたのは、ところどころに見られる倒壊した空き家の姿でした。
放置されたまま朽ちてしまった家。
おそらく中には家財もそのままで、それが崩れた家の中から少し覗いてしまっている。
家が壊れると、モノも壊れる。
そして片付けも、安全な作業も、格段に難しくなる。
私たちは、こうした現場を何度も見てきました。
「せめて、家が壊れる前に、中のモノを引き受けてあげられていたら…」
そう思うことも少なくありません。
美しい風景の中に、少し切ない現実が混ざっている。
でもそれが今の地方のリアルであり、そこに私たちの仕事があるんだと思います。
まあ、できることを、できるうちにやるしかないか。
そんなことを思いながら、今日も走り出しました。
まだ店内には入っていませんが、昨日オープンしたばかりの「無印良品 鶴岡」。
先月オープンした酒田店は大賑わいだったと聞いていたので、正直、鶴岡の方も混雑を心配していました。でも思ったほどの渋滞はなく、そこはちょっとホッとしています。
そもそも、鶴岡に「無印ができる」なんて、ちょっと夢みたいな話なんです(しかも会社から400m)。
これまで、買い物のついでに山形市や新潟に寄るしかなかったあの無印が、ついに“徒歩圏”に!
夢といえば──
つい先日、久しぶりにリアルな夢を見ました。
なんと、高校時代のサッカー部のたぶん何かの決勝戦で、私がハットトリックを決めるという、あり得ない展開。
48歳になってそんな夢を見ている自分に苦笑しつつも、それぐらい今回の“無印進出”は衝撃的だった、という話です(笑)。
まだ行っていないとはいえ、もうすでにあれこれ買うものをシミュレーション中。
あの収納用品とか、キッチン用品とか、ついでにカレーとか。
(ついでのついでに文房具も)
さて、鶴岡に新しい風が吹いた今。
モノの持ち方や暮らし方、ちょっと見直すいい機会になるかもしれませんね。
長年ずっと、海ゴミのことが気になっていました。
仕事でもあり、趣味でもあり、いや──もはや“執念”かもしれません。
今日はそんなテーマで、横浜のメーカーさんとオンラインミーティング。
これが、ただの打ち合わせじゃなかったんです。
同じように熱い思いを持つ相手と話すと、
とにかく話が止まらない。
共通言語がいくつもあって、
ふたりの会話が次第に“対話”になって、
頭の中で何かが化学反応を起こす。
そして、降ってきた。
予想もしていなかった、とてつもないビジョンが。
これは──
人間と人間という“宇宙”がぶつかり合ったときにしか
生まれないものなんだと思いました。
ビートルズのジョンとポールがそうだったように。
全然違うふたりの中にある何かが、
重なり合ったときに、化け物みたいなエネルギーになる。
いま、そんな状態です。
これはもう、
とにかく横浜に行って、彼と直接話さなければ。
画面越しではもったいない。
リアルで“宇宙衝突”を起こしてきます。