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毎日ブログ

2025/12/27
770/1000 2025年に掲げた目標を振り返る   

来年の目標を、ぼんやり考えている。

その前に、今年の振り返りをしようと、日記帳をペラペラとめくってみた。

九月あたりからは、ずっと山の中にいた気がする。

そして十二月は、たたみ込むような大山。

正直、登っている最中は何度も「これはきついな」と思った。

それでも不思議なもので、振り返ってみると、ちゃんと向こう側に立っている。

どんな山でも、人は案外、越えてしまうものだ。


今年は七つの目標を掲げた。

結果だけ見れば、達成はゼロ。

ただ、0.8くらいまでいったものが三つある。

とはいえ、0.8と1.0は雲泥の差だ。

「ほぼできた」と「やり切った」は、似ているようで全く違う。


だから来年は、やり残した目標はそのまま引き継ぎ、

考えが変わったものは素直に変更する。

PDCAを、緩やかに回していこうと思う。

無理に回転数を上げなくてもいい。

日記をめくり、立ち止まり、少し修正する。

それくらいの速度が、今の自分にはちょうどいい。


今年、習字で二段という目標を掲げた。

結局これは、来年にお預けだ。

これもまた、高い山だった。

勢いでは登れない山。

毎日の積み重ねと、静かな集中が必要な山だ。


登れなかった山があることは、悪くない。

その山の高さを、ちゃんと知れた一年だったのだから。

来年は、すべてを制覇しなくていい。

たった一つでも、「ここは登り切った」と言える山があれば、それで十分だ。


ゆっくりでいい。

自分の足で、確かに登っていこうと思う。

2025/12/25
768/1000 空き家は罠か、チャンスか   

「空き家を活用して」

この言葉を、ここ数年で何度聞いただろう。

行政の資料、セミナー、補助金の案内。

まるで合言葉のように、このフレーズが繰り返される。

けれど私は、その言葉を聞くたびに、少し立ち止まってしまう。

全国の空き家は約900万戸。

空き家率は13.8%と、過去最高を更新している。

数字だけを見れば、

「家は余っている」「チャンスは山ほどある」

そう感じるのも無理はない。

しかし、法規制・老朽化・権利関係などをクリアし、

現実的に使える空き家となると、体感で1%にも満たない。

この数字と実感のズレこそが、

空き家問題のいちばん分かりにくく、厄介なところだと思っている。

価値があるなら、もう売れている

空き家には、空き家になった理由がある。

立地が悪い。

道路条件が合わない。

用途変更ができない。

相続が終わっていない。

ちゃんと調べれば、

「なぜ今まで使われてこなかったのか」は、だいたい見えてくる。

それでも残っているということは、

多くの人にとっては、価値が見えなかったということだ。

これは空き家に限った話ではない。

モノでも、仕事でも、事業でも同じだ。

本当に価値があるのなら、

もう誰かの手に渡っている。

リフォームすれば使える、の落とし穴

「直せば住めるんじゃないですか?」

現場では、よく聞く言葉だ。

たしかに、建物だけを見れば、そう思える家もある。

雨漏りはない。柱も立っている。外観も悪くない。

けれど問題は、建物そのものではない。

再建築不可。

市街化調整区域。

用途地域の制限。

消防法や旅館業法の壁。

こうした法の制約は、

どれだけお金をかけても、リフォームでは越えられない。

皮肉なことに、

本当に壊れている家より、

一見まともに見える家のほうが、

人を迷わせ、時間を奪うことも多い。

空き家は、誰にとっての価値か

誤解してほしくないのは、

空き家に価値がない、という話ではない。

才能のある人にとっては、大きなチャンスでもある。

法規制を読み解ける人。

行政との調整をいとわない人。

赤字の時間を耐えられる人。

使い道を一から描ける人。

そういう人にとっては、

誰も見向きもしなかった空き家が、

一気に意味を持つことがある。

ただしそれは、

誰にでもできる話ではない。


この構造は、空き家だけのものではない。

面倒だから避けられている仕事。

儲からなさそうで敬遠される分野。

分かりにくくて手を出されない領域。

そこには必ず、

「理由」がある。

だから残る。

だから安くなる。

だから、チャンスに見える。

価値とは、

楽に手に入る場所には、ほとんど残っていない。

ただし、ひとつだけ付け加えておきたいことがある。

不動産の評価は、

間取り、外観、築年数、立地、そして値段。

そうしたデータ化できるもので、ほぼ決まっている。

けれど、

窓から見える景色までは、ほとんど評価の対象になっていない。

遠くに見える山の稜線や、空の抜け。

そうしたものは、

査定書にも、価格表にも、ほぼ反映されない。

だからこそ、面白い。

数字だけを見れば、価値がないと判断される家の中に、

プライスレスな価値が、ひっそりと残っていることがある。

それは、現場に立たなければ分からない。

実際に窓を開け、風を感じ、景色を見ることで、初めて気づく。

罠か、チャンスか

空き家の現場には、

罠もある。

難しさもある。

けれど同時に、

言葉にならない感動に出会えることもある。

それは、

データからは見つからない。

机の上では、決して分からない。

だから空き家は、

一概に「ダメだ」とも言い切れない。

空き家は罠か、チャンスか。

その境界線は、

数字の外側に、

そっと残されているのかもしれない。


2025/12/23
766/1000 正月は本気で遊び、静かに書く   

お正月に帰省する娘から、

「正月はみんなでゲームしたいね〜」

そんなLINEが届いた。

小林家のお正月といえば、やっぱりゲームだ。

毎年恒例はモノポリー(25年前に購入)。

子ども四人に私も加わっての真剣勝負で、それぞれに必勝パターンがあり、誰一人として簡単には勝たせてくれない。

人狼ゲームも外せない。

どこまでが演技で、どこからが本心なのか。

家族全員、無駄に演技派で、疑い合いながら大笑いする。

そして、ここ5年ほど不在だったスーパーファミコン。

妻の判断で手放されて以来、幻の存在になっていたが、今年は復活だ。

マリオカートに、ストリートファイター。

父としては、昔とった杵柄を、ここぞとばかりに披露する予定でいる。

せっかくなので、この正月は

各ゲームをポイント制・トーナメント戦にして、

「小林家ゲーム王決定戦」を開催しようと思っている。

上の二人はお酒が飲めるようになって、

気づけば私よりよっぽど飲めるようになった。

お酒を飲みながらのゲームも、きっと悪くない。


そしてもう一つ。

この正月にやろうと思っているのが、エンディングノートを書くこと。

最新版をいただいたので、

これまでの整理と、今の自分を知るために書いてみようと思っている。

にぎやかな時間と、静かな時間。

どちらも揃っているのが、今年のお正月だ。

2025/12/21
764/1000 今を知ろうとする関係   

今を知ろうとする、ということ

先日、子育て雑誌で「夫婦仲良くすること」について書かれた文章を読んだ。

相手を知ること。

喜ばせること。

心から応援すること。

どれも正しくて、やさしい言葉だ。

けれど、読み進めるうちに、

ふと別の関係が頭に浮かんだ。

それは、社員との関係だった。

夫婦と社員、意外と似ている

夫婦も、社員との関係も、

長い時間を共有し、簡単には切れない。

期待があり、感情が溜まり、

良かれと思った言葉が、裏目に出ることもある。

構造としては、驚くほど似ている。

仲良くしようとした瞬間に、少し歪む

夫婦仲良く。

職場の雰囲気を良く。

どちらも大切なことだけれど、

「仲良くしよう」と意識した瞬間に、

関係はどこか不自然になることがある。

仲良くすることは、目的ではなく結果だ。

社員に対しても同じだと思う。

分かり合おうと力を入れすぎると、

期待が生まれ、失望が生まれる。

応援とは、邪魔をしないこと

記事の中では「応援する」という言葉が何度も出てくる。

けれど応援とは、

必ずしも何かをしてあげることではない。

口を出さない。

先回りしない。

回収しすぎない。

余白を残すこと。

それも立派な応援だ。

職場は、成果の前に「回復の場」

家庭が安心の場であるように、

職場もまた、安心できる場所であってほしい。

安心とは、甘さではない。

失敗しても人格まで否定されないこと。

人は、安心できる場所でしか、

本当の意味で挑戦できない。

これは夫婦も、社員も同じだ。

巡り巡って返ってくる、を期待しない

「自分の行いは、巡り巡って自分に返ってくる」

きっと、それは本当だ。

ただ、社員との関係では、

返ってこないことのほうが多い。

返ってきたらラッキー。

返ってこなくても、それでいい。

そう思える距離感が、

長く続けるためには必要だと思う。

今を知ろうとする

この文章の中で、

一番ハッとした言葉がある。

「今を知ろうとする」

過去でもなく、

未来でもなく、

評価でもない。

いま、この人はどんな状態なのか。

余裕があるのか、ないのか。

力を出せる位置にいるのか。

分かろうとしなくていい。

解決しなくていい。

ただ、

今を知ろうとする。

それだけで、

関係は少し息がしやすくなる。

仲良くする、ではなく

無理に仲良くする必要はない。

夫婦も、社員も。

壊さない。

こじらせない。

感情でぶつけない。

まずは、今を知ろうとする。

それができた先に、

関係は自然と、続いていくのだと思う。

2025/12/19
762/1000 親友とは   

私には親友がいる。

大学時代からの友人だ。

たまたま同じ下宿で、二年間を一緒に過ごした。ただそれだけの出会いだった。

もう二十年以上、会っていない。

電話をすることもない。

それでも、たまにLINEが届く。

今回のメッセージは、

「今年いちばん聴いた曲」についてだった。

彼が挙げていたのは、**星野源**の

Eureka だという。

正直に言えば、その曲は知らなかった。

だから、素直に聴いてみた。

これまでの星野源の作品に感じていた

刺々しさや、皮肉さ、

どこか照れ隠しのような寂しさや虚しさとは、

少し違う印象だった。

強い感情が前に出てくるわけでもない。

分かりやすいメッセージがあるわけでもない。

何があるのか、すぐには掴めない。

ただ、とても洗練されていて、

静かで、大人っぽい曲だな、

そんな感想だけが残った。

それで、結論から言えば。

今の私には、刺さらなかった。

昔の星野源のほうがいい、とか、

今の星野源はどうだ、とか、

そういう話ではない。

ただ単純に、

「今の私」には刺さらなかった、

それだけのことだ。

でも、きっと。

彼には、私とは違う刺さり方があったのだろう。

同じ曲を聴いても、

同じ時代を生きていても、

心に引っかかる場所は、人それぞれ違う。


二十年以上会っていなくても、

近況を細かく語り合わなくても、

「今年いちばん聴いた曲」を

ふと思い出して、連絡をくれる関係。


それだけで、

ああ、いい友人を持っているな、

と思う。


そして、きっと、いつか。

私にも彼のように、

この曲が刺さる日が来るのだろう。


そのとき初めて、

私は彼の「今」を知ることになるのかもしれない。


私にとって、親友とはそんな存在だ。

ありがたい。

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