公民館に、ごみの件で伺うことがある。
そのたびに、決まって出てくる話題がある。
「この傘、どうしたらいいでしょうか」
玄関の隅に、忘れられた傘が何本も立てかけられている。
黒や紺の、どこにでもあるような傘だ。
壊れているわけではない。
開けば、ちゃんと雨をしのげる。
「まだ使えますよね」
「処分してもいいものか迷っていて」
そう言われると、簡単には答えられない。
「よければ使ってください」と声をかければいいかというと、
それもなかなか難しい。
「それ、自分のものだと言われると困るので」
そんな遠慮が、言葉の端ににじむ。
身近な関係の中では、
“もらう”という行為ひとつにも、微妙な気遣いが生まれる。
便利さよりも、距離感の方が大切にされる場面だ。
誰のものでもなくなった傘。
けれど、完全に無関係にもなりきれない。
そんな曖昧な場所に、静かに立てかけられている。
ふと、思い出す。
大正生まれの祖父母が、傘のことを「コウモリ」と呼んでいたことを。
丸く広がるその形は、確かに羽を広げたコウモリのようにも見える。
子供の頃、意味も分からず使っていた言葉だが、不思議と記憶に残っている。
コウモリは、粋な言い回しかもしれない。
ただの傘を、少しだけ違って見せる。
見慣れたものに、もうひとつの輪郭を与える。
昔の人は、そうやって
暮らしの中に、ささやかな遊びを忍ばせていたのだろう。
今、目の前にある傘たちも、
ただの“忘れ物”ではないのかもしれない。
誰かの帰り道。
急な雨。
誰かと歩いた時間。
そうした記憶が、静かに染み込んでいる。
さて、このコウモリたち。
どこへ飛ばしてやるのが、いちばんいいのだろうか。
春の訪れを何で感じるかといえば、いろいろある。
やわらかくなった風だったり、田んぼの雪解けだったり、店先に並ぶ少し明るい色の服だったり。
けれど私の場合、少し変わったもので春を感じる。
海の近くに住んでいるせいか、真夜中の海岸線を爆走する元気のいい若者たちの気配だ。
遠くから、どんどん近づいてくる。
エンジンの甲高い音や、メロディー付きのクラクション。
正直に言えば、ただの騒音でしかない。
迷惑と言われれば、その通りだろう。
それでも不思議なもので、あの音が遠くから聞こえてくると、
「ああ、春が来たな」と思う。
冬のあいだ静まり返っていた海岸線に、急に人の気配が戻ってくる。
若さというのは少し乱暴で、少し騒がしくて、それでもどこか季節の匂いがするものだ。
ところが今年は、なぜだかその音をまだ聞いていない。
遠くからどんどん近づいてくる、あのエンジンの音も、クラクションも聞こえない。
民度が向上したのか。
それとも、単純に人が減ったのか。
静かなのは良いことのはずなのに、どこか物足りない。
春とは、花が咲くことだけではなく、人のざわめきが戻ってくることでもあったのだと、少し思う。
もっとも、もしかしたら理由はもっと単純かもしれない。
海岸線の道路が一部崖崩れになって通行止めなので、ルートが変わっただけなのかもしれない。
だとしたら納得だ。
来年あたり、また遠くからエンジンの音が近づいてきて、あのメロディー付きのクラクションが夜の海に響くだろう。
少し迷惑で、でもどこか春らしい。
私の春一番は、そんな音なのかもしれない。
今日は末の娘の中学校の卒業式。
これで、私たちが中学校に来ることももうないのだと思うと、少し不思議な気持ちになる。
兄弟合わせて、およそ10年。
入学式、運動会、三者面談、部活の送迎。
思えばずいぶん長い時間、この学校に通ったものだ。
この中学校は、田んぼの真ん中にある。
3階の窓から眺める庄内の田園風景は圧巻だった。
秋になれば稲穂が揺れ、
その向こうには高く聳える雲。
あの雲の高さと、庄内の空の広さは、今でも忘れられない。
しかし、そこに通っていた子どもたちにとっては、
きっとそれが当たり前の景色だったのだろう。
大人になって遠くへ行ったとき、
「あの中学校は、実は特別な場所だった」と気づく日が来るのかもしれない。
卒業式のあと、最後のホームルーム。
担任の先生が、生徒たちに歌をプレゼントしてくださった。
映画『サウンド・オブ・ミュージック』より
「山を越えて行け」。
先生は声楽をされているそうで、
教室いっぱいに響く歌声は見事だった。
その真剣さに、男子生徒の何人かは照れくさそうに笑っていた。
けれど、娘はまっすぐ前を向き、
じっと先生の歌を聴いていた。
その後ろ姿を見ながら、
ああ、いい子に育ったな。
そんなことを思った。
家に帰ってから、久しぶりに映画を見直した。
子どもたちは、これからそれぞれの山を越えていく。
そして親は、その背中を見送る。
兄弟合わせて10年通った中学校。
もうここに来ることはないけれど、
田んぼの真ん中の校舎と、
あの高い雲の空は、きっとずっと心に残る。
私が住む庄内の温泉街は、日本海に面している。
海が近いというのは景色としては素晴らしいが、建物にとってはなかなか過酷な環境でもある。
冬になると、海から強い風が吹きつける。
潮を含んだその風は、家の外壁や屋根を少しずつ侵食していく。
人が住んでいる家ならまだいい。
壊れたところは直され、手入れもされる。
しかし空き家になると、話は別だ。
あっという間に傷みが進む。
外壁が剥がれ、屋根の一部が飛び、風の強い日にはそれらが近所の家へ飛散する。
この地域では、空き家というのは静かに朽ちていくものではなく、
風と一緒に周囲へ広がっていく存在でもある。
では、なぜ手放さないのか。
多く聞く理由は二つある。
一つは
「仏壇があるから、たまには帰省するつもり」
もう一つは
「土地はもっと高く売れるはず」
しかし現実には、帰省することはほとんどなく、
土地の値段もバブル期の三分の一以下になっている。
それでも家は残り続ける。
不思議なことに、この町には
「住みたい」という人は少なくない。
海があり、温泉があり、静かで暮らしやすい。
この町に価値を感じてくれる人は確かにいる。
しかし、その人たちが住める家がない。
空き家はある。
けれど、住める空きがない。
私は家財整理の仕事をしているので、
空き家の相談を受けることも多い。
家というのは、建物というよりも
思い出の箱なのだと思う。
だから手放せない。
きっと、
故郷がなくなることへの不安があるのだろう。
しかし、放っておくと家は朽ちていく。
そして海風は、思い出には遠慮してくれない。
放置は最悪の決断だ。
売る、貸す、壊す、守る。
どんな選択でもいい。
ただ、何もしないまま時間だけが過ぎると、
家も、街も、ゆっくりと傷んでいく。
家では掃除機を持つことはほとんどない。
自慢ではない。
しかし、どうしても掃除機を掛けたい場所があった。
それは会社の工場の梁である。
鉄骨の梁。
数ヶ月前、高所作業車を借りて蜘蛛の巣取りをした。そのついでにバッテリー式のブロワーで埃を飛ばしてみたのだが、全然綺麗にならない。
これはもう掃除機で吸うしかない。そう感じた。
しかし工場の梁と小梁をすべて綺麗にしようと思うと、かなりの覚悟と時間がいる。
しばらく見ないふりをしていたが、昨日思い切ってやることにした。
12mの高所作業車を再度借りて、スターウォーズのR2-D2のような丸い掃除機を持ち込み、いざ作業開始。
吸っても吸っても埃が出てくる。
そしてついにR2-D2がダウン。
仕方なく2台目を投入することになった。
丸一日かけて終わったのは工場の4分の1ほど。
それでも回収できた埃は20kg。
おそらく20年分の埃だろう。
今回はここまで。
あと3回やればゴールだ。
高所作業車の上で、ただひたすら掃除機を掛ける。
誰に褒められるわけでもないし、効率の良い仕事でもない。
しかし、終わった後の工場を見上げたとき、なんとも言えない気持ちよさがあった。
ふと思う。
会社というのは、こういう場所なのかもしれない。
誰も見ていないところに、埃は溜まる。
そしてその埃は、気づかないうちに積み重なっていく。
社長の仕事は社風をつくることだと言われる。
もしそうだとしたら、
社風とは「見えないところの埃」をどう扱うかなのかもしれない。
そんな話を家で妻にすると、笑いながら言われた。
「へえ、気になるところあったんだ〜」
普段は掃除機を持たない男なのだが、
どうやら私にも、気になるところはあるらしい。
892/1000 うるさいプリンター
最近、私の仕事の中で欠かせない作業のひとつに、産業廃棄物のマニフェスト発行がある。マニフェストとは、産業廃棄物