お客様なのですが、いつもものすごい態度の方がいらっしゃいます。こちらが名乗るやいなや、嵐のような口調で用件が始まる。私たちは奴隷ですか?と聞きたくなるほどの迫力です。
もちろん仕事ですから、笑顔で受け答えします。でもスタッフと顔を見合わせて「客商売なのに、あの態度ってどうなの?」とつい言いたくなる。いや、むしろあれだけ鼻息荒くしていたら健康に悪いんじゃないかと、心配すらしてしまいます。
昔、先輩経営者から「三方よし」という言葉を教わりました。売り手よし、買い手よし、世間よし。商売ってそういうものだと。だから今は鼻息荒い人も、長いスパンで観察してみたら面白いんじゃないか、とその先輩は笑っていました。
思えば、私の若い頃もそうだったのかもしれません。勢いだけで突っ走って、相手の立場も考えず、今思えば恥ずかしいくらい。多分、経営者になっていなかったら、そんな事にも気がつけず今でもそんな風に振る舞っていたんじゃないかと思います。
結局のところ、みんなコンプレックスとか、マウント取りたい気持ちとか、つまらぬ何かを抱えて、生きているかわいい存在でもあるのです。可愛いなと思うと、こっちの気持ちまで晴れてきます。みんな「人間だもの」
夏休みも終わり、今日から高一の息子は登校です。最後まで手をつけられずに残っていたのは、やはり読書感想文でした。机に向かう姿を見ながら、かつて自分も同じように最終日の夜に原稿用紙と格闘していたことを思い出します。
今回、父である私が薦めたのは三島由紀夫の『金閣寺』でした。若いころに衝撃を受けた作品で、息子にもぜひ触れてほしいと思ったのです。しかし実際に読み進めてみると、言葉の難しさや世界観の重さに心が折れてしまったようで、途中で断念。やはり読書というのは、人に押しつけられて味わえるものではないのだと、あらためて気づかされました。
そのとき私は冗談めかして「なあ、あんな筋肉ムッキムキのおじさんが、こんなに繊細な文章を書くと思わなかったろ?」と聞いてみました。息子は苦笑しつつも同意。しかし一枚上手で、「切腹の時に脂肪が飛び散るのを嫌って鍛えていたそうだよ」と返してきました。なかなか勉強しているようで、父としてはちょっと舌を巻きました。
そして急遽彼が選んだのが小川洋子さんの『博士の愛した数式』でした。記憶が80分しかもたない博士と家政婦、そして少年の交流を描いた静かな物語です。数学が苦手で文系を選んでいる息子ですが、仲良くなる友人はなぜか理系ばかり。最近は「2年生から理系に進むべきか」と悩んでいます。先生からは「得意・不得意で決める必要はない」と助言を受けているものの、まだ心は揺れているようです。
そんな息子にとって、この物語は大きな発見をもたらしたようでした。博士が数式を通じて見ている世界には、冷たい記号ではなく、人の心や関係を映し出す温もりがある。数字の中にもドラマやストーリーが潜んでいる。そのことに気づけたのは、理系に苦手意識を持つ彼にとって思いがけない収穫でした。
昨夜遅くまで原稿用紙に向かい、何度も書き直しながら仕上げた感想文。仕方なく読んだ本ではなく、自分で選び取った一冊だからこそ、最後まで向き合えたのでしょう。読書感想文とは、結局のところ「何を読むか」よりも「どう選ぶか」に意味があるのかもしれません。
夏休み最後の夜、息子の背中を眺めながら、そんなことを感じたのでした。
アラフィフともなると、それなりに経験を積んでいる。
もちろん役に立つ場面も多いが、ときに先入観となって勘違いを生むことがある。
先日、家財整理のお見積もりで約束したお客様。
私は「この方は仕事をされていない」と勝手に思い込み、13時に伺うことにした。
(経験上、仕事をしている人の昼一は13時30分、していない人は13時──そんな“自分ルール”があったからだ。)
ところが伺ってみると不在。
携帯に電話しても「現在使われておりません」とのアナウンス。
仕方なく現場を後にしたが、よく確認すると──電話番号は「090」ではなく「080」。
さらに、相手の昼一はやはり13時30分だった。
思い込みで時間を決めつけ、番号まで早とちり。
たったそれだけで仕事が止まってしまう。
経験は武器になるけれど、裏返せば落とし穴にもなる。
そして最近の私は「これまでの経験だと」と口にすることが増えた。
もしかすると──「老害」の初期症状かもしれない。
会社終わりに、みんなでバーベキューを開催しました。
昨年から復活した恒例行事。今年はついに生ビールサーバーも登場し、ぐっとパワーアップです。
テーブルと椅子には、家財整理でレスキューした“茶箱”を活用。
ざらりとした木の質感がなんとも雰囲気よく、テーブルにすれば味わいが出るし、椅子にすれば不思議と腰が落ち着く。あぐらをかいても大丈夫で、思いのほか座り心地がいいのです。
そして今回の目玉は、鉄砲撃ちの方からいただいた“イノシシ肉”。
ジビエと聞くと、どうしても「クセが強い」「硬い」という印象がつきまといますが──ひと口食べて驚きました。臭みはまったくなく、むしろタンパクでふっくら。噛むほどに優しい旨味が広がり、「これ本当にイノシシ?」と皆で顔を見合わせるほどでした。ジビエのイメージが覆された瞬間です。
夜風に吹かれながらの一杯と、茶箱テーブルを囲んで味わう山の恵み。
そして何より、普段の仕事中には聞けないスタッフの“生の声”があちこちから飛び出してくるのも、こうした時間ならではの発見でした。
今年の夏の夜は、ちょっと特別なバーベキューになりました。
昨日はお盆でお墓参りを済ませ、夕食の席で母や妻と話をしているうちに、自然と「戦争」の話題になった。
私の祖父は通信兵で、子どもの頃によくモールス信号の打ち方を教えてもらった記憶がある。妻の祖父は整備兵で、躾にはとても厳しかったそうだ。母方の祖父は衛生兵で、母が子どもの頃にはペニシリンの注射をお尻に打たれたこともあったという。
それぞれの祖父が、戦場でどんな思いを抱えていたのか、私には想像もつかない。ただ一つ分かるのは、戦争が生活と地続きのものだったということだ。どの家庭でも、男たちは皆、戦地へと赴いていたのだ。父方、母方の祖父の兄弟たちも例外ではなく、帰らぬ人となった。
いま食卓でその話をしている自分にとっては、戦争は遠い過去の出来事に思える。
それでも「皆が行っていた」という事実を前にすると、戦争に行くのが当たり前の世界があったことに、驚かされる。
お盆のひととき、祖父たちの話を通して、もう会うことのできない人々に想いを馳せる。語り継がれる断片から、歴史は今も静かに生きているのだと感じた。